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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
クラリッサの街の冒険者ギルド

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27.元社畜、はしゃぐ



 街の外へ採取に向かう前に、まずは私とヒースさんは市場通りへと足を向けた。

 朝と呼ぶには少々遅めだったものの、市場は人出で賑わっていた。

 昨日訪れた武器・防具通りとはまた異なる雰囲気の市場は、食材や素材を販売する専門店や、雑貨を取り扱う商会などがたくさん軒を連ねている。

 呼び込みや試食が振る舞われたりと、活気がある。


 出店もたくさんあり、美味しそうな匂いがあたりに充満していて、さっきご飯を食べたばかりなのに、ついつい足を止めてしまいそうになる。

 誘惑が多いと呟いたら、ヒースさんに笑われた。宿で朝食を取らず、市場に来る人も多いのだとか。


 冒険者として活動するのに必須なポーション類は、既に揃えてある。遅めの昼ご飯用に、携帯しやすいサンドウィッチ(なんと、豪勢にもローストビーフだ!)や飲み物を調達しつつ、ヒースさんは私のお目当ての店へと案内してくれる。


「ここが、ミクラジョーゾーだよ。数年前から順調に規模を大きくしている商会なんだ」


 ミクラジョーゾーは、ミクラ商会という王都に本店のある結構な大店のクラリッサ支店らしい。主に、雑貨や食料品を取り扱っている商会なのだとか。

 足を踏み入れると、思ったよりも小ぢんまりとした店舗だった。

 とはいえ、棚には色々な商品が整然と並んでいる。


「お醤油がある……! うわぁん、これこれ!」


 調味料を取り扱っているスペースにそっと置かれている、小瓶の中に見慣れた赤黒い液体を目にして、私は颯爽と手に取った。

 長らく音信不通だった友と、久しぶりに会ったような気持ちである。感無量。


「これがあれば、料理のバリエーションがぐんと増えます」

「へぇ。それは楽しみだ」


 封がしてあるから、匂いや味は確認できないけれども、これは絶対に間違いなく醤油。

 だって、一見かっこよさげな商品ロゴみたいになっているけど、ラベルに日本語で「醤油」って書いてあるんだもん……どういうことだってばよ。


「いらっしゃいませ。真っ先にそれに目をつけてくださるとは、珍しいですね」


 私が醤油の瓶を持ちあげて、あちらこちらから眺めていたからだろうか。

 店番をしていた店員の青年が、にこりを目を細めて近づいてくる。

 よくよく考えれば、あまり一般流通してなさそうな商品へといの一番に向かって、目立つ行動をしてしまった。ちょっと不審者じみていただろうか。申し訳ない。


「すみません。ずっと欲しかった調味料だったので、つい浮かれてしまって」

「ははあ。お嬢さんのことは初めてお見掛けしますが、これが何かわかると?」

「ええ、お醤油ですよね?」

「ふむ……。そちらのサンプル、お出ししましょうか? 味見してみます?」

「ぜひ!」


 一瞬思案顔をして顎に手を当てたかと思うと、店員の青年は店の奥から小皿を持ってきてくれた。


「どうぞ」

「はぁ……いい匂い」


 渡された小皿に、ちょこんと広がった醤油。刺身を付けて、食べたくなるなあ。

 香ばしく塩っけがありつつまろやかな匂いは、日本人の心の故郷だ。

 小皿をわずかに傾け、舌先でほんの少しだけ舐めてみると、よく知った旨味が広がる。濃口だ。

 日本の本家本元ほど味がなじんでいるわけではないが、異世界で出会ったものにしては及第点だった。


「在庫あるだけ全部欲しい……」

「ふふ、ご満足いただけたなら何よりです。ご購入ありがとうございます」

「カナメ……きちんと値段を見てからにしなさい」

「あっ、すっかり忘れていました。おいくらでしょうか!」

「1瓶大銀1枚ですね。まだ大量生産ができませんので」

「おうふ……」


 思わず口元が引き攣る。宿代より高い。さすがに即決するには躊躇う金額だった。


「今ならなんと! こちらの醤油差しもお付けします!!」

「怪しい深夜の通販番組かな!?」

「おっしゃる意味はよくわかりませんが、ご入り用ですよね?」

「入り用です」


 てか、醤油差しもあるとは、至れり尽くせりである。

 買えなくはないが、大体300ml程度の小瓶に対して、だいぶいいお値段だなあと思いつつも、はじめてお目にかかった異世界産の醤油である。

 装備も揃えたから、手持ちのお金はやや心もとないといえる。一気に懐が寂しくなる。お金さんが出ていくのは一瞬だよ、本当。

 だが、背に腹は代えられない。醤油は絶対に欲しい、心の潤いのために。

 まあ、流石に在庫あるだけ全部なんていう豪快な真似は、無理になったわけだが。

 となれば、やっぱり働くしかないな、醤油のために。……無茶はしないけど。


「こちらの醤油の取り扱いは、当商会にしかございません。私の祖父が趣味で長年研究し、近年レイン侯爵家の協力あって、ようやく満足いく形にできた商品でして……」


 私の表情を読んだのか、青年は申し訳なさげに補足を入れる。

 確か、以前ヒースさんからの講義で、レイン侯爵家は水の魔法を司る家だと教えてもらった。

 醤油を作る上で、水にこだわるの大事。


「おや、君はミクラ商会の若様か」

「しがない三男ですよ。ミクラ商会クラリッサ支店ミクラジョーゾー店長のリュウ・オーウェンと申します。長らくのお付き合いをいただけますこと、期待しております。『界渡人』さん?」


 店長・リュウさんが、恭しく一度頭を下げたかと思えば、最後だけ私に小声で呼びかけて、茶目っ気たっぷりでウィンクをしてみせる。

 私は、思わず目を瞬かせた。


「……わかります?」

「祖父が、醤油に興奮するのは、自分と『同類』だと生前申しておりまして」


 なるほど。つまり彼の祖父が、日本からの『界渡人(わたりびと)』だったのだろう。

 くすんだ金髪に緑目のリュウさんの外見や家名からして、いわゆる転生型というやつだ。


 何せ、わかる人にはわかる日本語表記があるし。醤油、味噌、米を求めずにはいられない日本人の飽くなき魂は、どこにあっても健在だ。

 よくぞまだまだ未発展であろうこの異世界で醤油を再現してくれたと、万感の思いである。苦難だったと推測できる道のりに、拍手を捧げたい。自分では絶対に作れない商品だからね。

 店舗の名前からして、ご実家は醤油蔵だったのかな。


「私はカナメ・イチノミヤと申します。これから良いお付き合いができそうで嬉しいです。ところで、味噌と米ってあります?」

「まだ、試作段階の味噌でよろしければ、少々お譲りすることは可能です」

「うあああああ、それもください!」


 私とリュウさんががっしりと力強い握手を交わしたのは、言うまでもないだろう。リュウさんとは、これからも仲良くしていきたい所存である。

 我々のテンションにヒースさんが若干引いていたけど、醤油の前には些末なことなのである。


 他にも、件のレイン侯爵領での取り扱い品である食用の重曹やフレーバー紅茶をお勧めしてもらったりと、なかなか良い買い物ができた私は、ホクホク顔のまま採取に向かうことになった。





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