18.社畜は暗転する
相変わらず家に引きこもりながら、私は夜になるとあれこれ付与魔法の検証をしていた。
「≪増幅≫」
私が無属性魔石にかけたのは、闇魔法の≪増幅≫。注いだ魔力の分、効果を底上げできるという魔法だ。
これを魔石に付与すれば、魔石の魔力上限を上げられるのではないかと思って試したところ、案の定だったのである。
そして、魔法は重ねがけが可能。
つまり、上げ放題という寸法である。
とはいえ、そうは問屋が卸さないもので、魔石にもさすがに限界があった。
「小さい石だと、せいぜい3回くらいの増幅が限度かなあ……」
うん、見事に魔石がパーンした。
私は、掌の上で粉々になった残骸を見ながら、おなじみの現象に薄笑いする。すっかり魔石粉砕にも慣れてしまった。
魔力上限を解放したところで、魔石の潜在を上回る増幅は難しいっぽい。そりゃそうだ。
それでも、増幅ができれば、魔石から発動できる魔法の種類が増える。
小さい魔石だと、どうしても内包する魔力が足りず、中級魔法レベルになると発動しなくなったりする。
ただ、付与魔法は小回りが利かないものの、融通が利くのがメリットだ。
そこで、いっそ魔石の容量を増やせればいいんじゃ?という発想に至ったわけだ。
どちらかといえば空間を司る天属性の領域かなあとは思いつつ、天魔法だと初級レベルで適切なのが見つからず、目についた闇魔法でやってみたらいけた。
破裂する直前くらいまで増幅して魔力を注げば、魔石の大きさにもよるが、保有量はおよそ3倍~5倍くらいに跳ね上がる。≪鑑定≫で確認すると、×3.0とか少しだけ目安が表示されるので便利だ。
人間のステータスでは、数値が出ないのになんでだと突っ込みたくもあるけど。まあ、ゲームでもないのに、体力数値化されても恐いけどね……。
属性魔石の方が増幅での上り幅が若干低く、無属性魔石を元に作ったほうが、拡張性が高いのはなかなかに面白い結果だった。
どうにか、クズ魔石と呼ばれて売り物にもならなかった無属性魔石を活用する道が開けてきているのが嬉しい。可能性の塊だ。
私は大きめの石をいくつか選んで、うきうきと増幅と魔力の付与を繰り返し、水の魔石を量産した。容量大きめの魔石を作れれば、冷凍箱に設置できるしね。
そもそも、水魔法の上位互換である氷魔法は、どれもが中級以上で魔力を食うのだ。
冷凍箱は常時起動の魔法になるから、それなりに魔石にも魔力容量が必要になってくる。
できれば1年が理想だけど、最低でも1ヶ月くらいは魔力を注がなくても動くと便利だよね。
かといって、大きな水の魔石は高そうだし、箱に設置するには邪魔だし……うーん、ジレンマ。
なので、それぞれ7日効果が持続する魔石を複数個備え付けて、それぞれの起動タイミングを変え、数か月程度は何もせずとも冷凍保存を持続する方式をとることにした。
重要なのは、マイナス温度の維持。
常に全部の魔石が稼働する必要はないのだ。
あとは、魔力が尽きた魔石に魔力を再装填すれば、常時稼働が可能になる。
現代みたいなフリーザーパックはないから、色んな大きさの箱を用意して、小分けにできるようにしたほうがいいだろう。
これでブイヨン作る野菜クズ集められるよ~とウキウキしながら、私は作業を進めていった。
――この時の私は、自分の魔力の多さやら、チートやらにちょっとばかし調子にのっていた。
連日の寝不足を、テンションの高さで誤魔化していたので、全く自分を顧みていなかったのだ。
「……あ、れ?」
気が付くと、見知った天井が目に入った。
……私、ベッドに入ったっけ?
おかしい。魔石をもりもり作っていた後の記憶が、さっぱりない。
しかも、身動ぎすると、どことなく全身が気怠い。
ああー、やらかしたか。どうやらあのまま寝落ちてしまったぽい。
「……気が付いた?」
「リオナさん?」
すると、誰もいないはずの部屋で声をかけられて、反射的にびくっとする。
そろそろと顔を向けると、ベッド脇の椅子に何故かリオナさんが座っていた。
リオナさんは、こめかみに手を当て、はあと深くため息をついた。
何でこんなところにいるのだろう。
ってか、それよりも、この人が起きているってことは、今一体何時だ。
≪灯り≫の魔石の効果は既に消えて、カーテンの隙間から漏れる光は、すっかり明るい。
ああ、寝坊してしまったのか。気持ちがたるんでいる。
すぐに起きなくちゃと思うものの、くらりと眩暈に襲われた。
「もう少し寝ていなさい。アンタは、魔力枯渇で倒れていたのよ」
「枯渇……」
「確かに練習しなさいとは言ったけど、まさか連日連夜、枯渇するほどにたくさんの魔石に魔法だの魔力だのを付与していたの? もう中級魔法が使えるようになっているなんて……」
呆れたリオナさんの声と、彼女の指先に弾かれた魔石が、ぽとりと枕元に落ちた。
ナイトテーブルに置かれた魔石の山々。ついつい興が乗ってしまった私が量産した水の魔石は、たっぷりと魔力を蓄え艶めくような水色の輝きを放っている。
改めて見ると、自分でも引くくらいの量だった。それ一日で作った分ですとは、さすがに口が裂けても言えなかった。
昼前なのに私が階下にいないのを不審に思ったリオナさんが、部屋に突入して、大量の魔石を巻き散らしながら、ベッドの中央にくったりと沈んでいる私を見つけたのだそうだ。
この怠さは、魔力が足りていないかららしい。貧血に似た感覚だった。
増幅を重ねまくり、魔力を注いで、中級魔法の≪冷却≫を付与しまくっていたら、そりゃあ魔力もごっそり持っていかれるか。
自分の魔力がどれだけ減っているか、正直全然感覚がわかっていなかった。
身体に兆候が出るらしいのだけど、私はあっさり無視した。
どうも、魔力が極端に減りすぎると、ブレーカーが落ちるように、意識が不意に途切れて倒れてしまう模様。
リオナさんからの注意を、私はすっかり聞き流していたみたいだ。
真顔で唇を引き結んだリオナさんは、どこからどう見てもお冠。背後に鬼面のオーラが立ち上って見える。凄い。魔女の本気ヤバい。静かに怒った顔が恐い。
でも、私はこんな風に誰かに心配されたことがとんとなかったから、どう対応したらいいのか本気でわからなかった。おろおろしてしまう。
身体は頑丈にできていたし、今まで寝不足からの寝落ちもザラだったから、割といつも通りって感覚だった。
「ねえ、私言ったわよね。少しゆっくりしていなさいって、慌てなくとも魔法は逃げないわよって」
「えと……ごめんなさい……。早くお役に立ちたかったんです。心配せずとも、このくらい全然平気です、よ?」
安心させようと、へらりと笑う。
しかし、それは完全に逆効果だったようで。
一瞬、ちりちりと肌を刺す魔力の嵐が渦巻いたように思えた。
ぶわっと風が舞い、リオナさんの髪の毛が虚空に浮く。
どうやら、私は、リオナさんの地雷を踏み抜いてしまったらしい。
「アンタが楽しそうだから放っておいたけど、そんなに青い顔して、何が平気なのよ、この馬鹿! ちゃんと自分を省みなさいよ……っ! 要は頑張りすぎなの! もう、ここでしっかり休まないつもりなら、ヒースと一緒に街にでも出ていきなさい!」
「そ、そんなぁ!」
私から仕事を取り上げないでほしいという懇願は、にべもなく却下され。
リオナさんは、ぺちんと私の額に冷たいタオルを叩きつけると、肩を怒らせて部屋を出て行った。
「…………ああ、やっちゃった」
社畜が仕事を奪われたら、ただの元社畜では。
案の定、後々鑑定で自分のステータスを確かめてみたら、称号が元社畜になっていた。嘘でしょ。
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