表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
転移

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/130

15.社畜は魔石で試行錯誤する・2



 楽しい慰労会を終え、食器を片づけた後にシャワーだけ浴びて、私は自室に戻った。

 覚えたばかりの≪灯り(ライト)≫の魔法を魔石にかけて、起動させる。

 薄暗い部屋が程よく明るくなって、私はえへと唇に弧を描いた。


 いやー、魔法が使えるって便利だなぁ。私の場合ワンクッション手間かかるけど。

 そう、夜更かしができる環境が整ってしまったのである!


 リオナさんからはやめておけと言われていたけれども、この程度全然無茶じゃないし、正直社畜は時間を持て余しているのがどうにも居心地悪かった。

 朝は陽の出と共に、夜は陽の沈むまではいかないけれども、就寝はそこそこ早い。

 まだ異世界に転移してから日が浅く、娯楽も仕事も見出せていなかったし、少なからず遠慮もあった。

 部屋にランプはあれども、どうしても薄暗くて読書などに向いていなかった。


 おかげで、あまりにも健康的な生活を送ってきた。

 目の隈とは、すっかりおさらばで、肌艶も良くなった。身体も軽い。

 睡眠不足とか疲れとか無縁すぎて、ニート状態に却って罪悪感にとらわれてしまったのは、自分でもどうかと思う。

 何せ、社会人になって以来、こんな日々の過ごし方、初めてなのである。学生時代だって、イマイチ怪しいぞ。

 だから、休んでなさいとリオナさんから再三言われていても、ぶっちゃけどうしたらいいかわからない。

 休むって、疲れ果てた末に泥のように寝落ちるってことじゃないのか……。


 そんなわけで、どうにかこうにか生活にも慣れてきたから、少しでも早く魔法を使いこなせるようになりたいのだ。気力と体力は、めちゃくちゃ有り余っている。睡眠って大事だね!

 そして、良くしてくれたお二人に、いっぱい恩返しがしたい。

 その足がかりを掴めて、私は俄然やる気になっていた。あと単純に魔法が面白い。

 お酒が少々回っているのもあるのだろう。テンションが変に高かった。





 ベッドにごろんと寝転がりながら、私は貸してもらった魔法書をぺらぺらとめくり目を通す。

 初心者向けと謳ってはいるけれども、属性別に色々な魔法が載っていて、見ているだけでも楽しい。

 スキルの自動翻訳のおかげで、書物の文字も何故か日本語に変換されるので、至れり尽くせりである。ぐにゃって文字が一瞬歪むのが、ちょっと気持ち悪いけど……。


「あ、あった。≪舞風(ウィンドダンス)≫……リオナさんが一番初めに使っていたやつ」


 ふわっとした空気の流れを作り出す風魔法だ。

 ≪灯り≫の魔法は、深夜の今、乱発するには向いていない。

 こっそり実験するにあたって、影響が少なめな魔法を覚えたかったのだ。


 まずは、詠唱を確認する。発動には問題がなさそうな感じ。

 地球で過ごしてきて、自然現象について科学的な側面から多少なりとも学び、空想物語も触れていたからか、魔法効果をイメージすることに苦はない。

 とにかく、どこまで何ができるのか、トライアンドエラーを繰り返す。


「そういえば、無属性魔法も付与ってできるのかなぁ? やってみよう」


 無属性の魔石を風属性に変えてから、私は安全を考慮して人肌くらいのイメージで、生活魔法の≪伝熱(サーマル)≫を付与してみる。

 ≪伝熱≫は、その名の通り熱を生み出す魔法だ。

 ただし、本家火魔法よりも扱える温度幅が狭いので、暖をとったり調理に使うのが一般的である。IHとガスコンロの違いみたいなものかな。


「……付与されたっぽいな? やっぱり無属性だと、石の属性関係なく付与できるのかも」


 そのまま、私は検証をすべく≪舞風≫の魔法を詠唱する。

 異なる属性の魔力同士を押し込めようとすると魔石は破裂したが、魔法の場合、属性違いでも何事もなく付与された。


「魔法を発動させたらパーンしたりして……」


 恐る恐る、私は風の魔力を魔石に付与する。

 すると、きちんと温い風が魔石から流れてきた。

 おお、上手くいった。熱と風で、ドライヤーっぽく使えないかなと思ったんだ。

 タオルドライはしてあるが、渇きの甘い髪に当ててみる。温かくて気持ちが良い。が、やっぱりこれだと少しばかり熱が弱い。


「てか、石から風が出てくるのって、めちゃくちゃシュール……見かけって大事ね。とりあえずできたはできたけど、温度の調整とかもイメージで良さげかな」


 ドライヤーの熱はだいたい100度くらいだったはずだけど、人肌くらいって念じていたら人肌程度の熱になったし、魔石そのものが高温を発するということもなかった。ぶっつけ本番だと、その辺が少し怖かったんだよね。私の手がやけどしちゃう……。

 魔法陣なら、きっと状態推移の管理も、細かくプログラムできるのだと思う。

 キッチンのコンロは、魔石がつまみになっていて、回転させることで温度調節ができるのだ。


 魔石への付与だと、最初に段取りをきちんと取り決めておかないといけないっぽい。それに、魔法陣みたく魔法の停止コマンドを組み込んでおかないと、魔石に魔力がある限り、魔法が延々垂れ流しになってしまう。ちょっと勿体ないね。


 温風は、大体1時間くらいで止まった。部屋が、ほどよく暖かくなった。

 冷暖房に使えるな、これ。

 てか、冷蔵箱の仕組みは間違いなくこれだろう。

 となれば、問題なく冷凍庫も作れそうだ。市場に普通に売ってそうだけど、リオナさんの生活習慣からして、冷凍庫がなくても生きていけたんだろうな…。


 とりあえずの見立てだと、魔法陣の方が回路を引いて制御を細かくきかせられる分あれこれ融通がきくけど、瞬発力だと付与の方が上って感じだ。


 室内が渇いてしまったので、今度は試しに一番小さな水の魔石に、水魔法の≪(ミスト)≫を、続いて火魔法≪加熱(ヒート)≫を、最後に風魔法の≪舞風≫を重ね掛けする。

 ≪加熱≫は水が気化する100度くらいにして、霧が蒸気になるようイメージしてみた。火魔法を使うからね、程よく程よく。

 異なる属性の魔法付与になるので、ちょっと慎重に。魔力の付与だと、パーンしたしね。

 それぞれの魔法が干渉せず、かつ一緒に動くよう仕掛けて、と。

 ……結果、4種類の魔法でも、うまく魔石に取り込まれた。


 魔力を与えて起動させると、ぽふっと白い蒸気が立ち上る。同時に、空気が動いて湿度が程よく上がっていく。

 私は、ほっと胸を撫でおろした。

 どうやら、魔力の付与と異なり、魔法の付与だと属性に寄らないっぽいな。ベースとなる魔石と魔法は、合わせた方が無難そうだけど。

 というわけで、スチーム加湿、上手くいったっぽい。

 魔法を重ねて魔力消費が多かったのもあり、魔石が一番小さかったからか、これは10分程度ですぐ収まった。


「魔法の発動順間違えると失敗しそう……。あと、大量に魔法を重ねても、魔力が足りなかったら途中で魔石が壊れそうだよね」


 そう予測を立てる。魔力だけのときとは違って、魔法には様々な効果が生まれる。予期せぬ事態に陥る可能性は高い。

 失敗の過程を見るには、こっそりだと何か起きたときにまずいので、これは後々要検証かな。


 とかなんとかやっているうちに、すっかり夜が更けていた。時計がないので、どうも際限がなくなってしまうな。

 私は、慌ててベッドにもぐりこむのだった。




* * *



 ひゅ、ひゅ、と風を切るような音が微かに聞こえる。

 何だろう。ふ、と意識が浮上して、私は目覚めた。

 昨夜は珍しく寝るのが遅かったから、少々寝不足だ。

 水分はきちんととっていたからか、アルコールの影響は身体に残っていない。

 ふあ、とあくびを一つ。私はゆっくり上半身を起こすと、背をうーんと伸ばした。

 スリッパをはいて、カーテンを引き、窓を開ける。雲一つない真っ青な快晴。絶好の洗濯日和だ。


「おや」


 音がする方へ視線を流すと、裏庭でヒースさんが剣を振る姿が見えた。

 ひゅ、ひゅと次々下ろされる軌跡は、鋭く重い。

 なのに、風のように軽やかに舞いながら、ヒースさんは剣をふるっていく。

 いわゆるシャドウトレーニングというやつだろうか。まるで、目の前に相手がいるかのような動きで、迫力がある。


 昨日あれだけお酒を飲んでいたのに、二日酔いしている気配もない。強いなあ、元気だなあ。

 朝日を浴びながら真剣な表情で汗を流すヒースさんは、とても綺麗だ。

 ほう、と思わずため息をついた私は、しばらくその様子に見入っていた。

 やがて、鍛錬を終えたのか一息ついたヒースさんが、ついと視線を上げた。私に気づいたようで、汗をふきながら手を振ってくる。

 私は、窓を開けて声をかけた。


「おはようございます」

「おはよう。ごめん、起こしたか?」

「大丈夫です、いつもこのくらいの時間に起きているので。カッコよかったですよ。毎朝やっているんですか?」

「ああ。どうにも落ち着かなくてな」

「ヒースさんの属性って風ですよね? 素早くて、キレがあって、まるでダンスを踊ってるみたいでした!」

「そう? カナメにそんな風に褒められると恥ずかしいな。俺はあまり魔力がないから、小手先でしか魔法を使えなくてね」


 ヒースさんが、照れくさそうにはにかむ。

 うーん?魔力がなさそうな感じはしないのに不思議。

 でも、素人目に見ても、戦闘スタイルは洗練されていた。それだけ鍛錬を重ねてきた証なのだろう。


 私も軽く身支度を整え、洗顔を終わらせてから、キッチンに立つ。

 そして、すぐさま冷蔵箱から取り出したオレンジを絞って、水とはちみつ、あと少々塩を加えて混ぜる。なんちゃってスポーツドリンクだ。

 ややあって、裏庭から戻ってきたヒースさんにコップを渡すと、彼は目を瞬かせた後、破顔した。


「水分補給、大事ですからね」

「至れり尽くせりで、カナメにダメにされそう……」


 なんてしみじみ呟いて、美味しく飲んでくれた。

 ちなみに、昨夜の食事でがっちり胃は掴まれているとは、ヒースさんの言である。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ