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129.団長と元社畜の娘・4



 翌日。

 僕は王都街に向かう馬車の中で、平民向けの質素な服に着替えた。身に着けていた装飾品はすべて外し、シンプルなもの一つだけに。

 馬車での着替えは貴族的には褒められたものじゃないけど、これも賭けをフェアにするためだ。

 そうして、今までになく完璧に≪擬装(カモフラージュ)≫を施す。

 髪はよくあるくすんだ金に、瞳の色は濃い青。平民にも貴族にもそれなりに一般的な色を取る。顔も今みたくつり上がった目ではなく垂れ下がり、少しのんびりとした印象を与えるように。肌はほのかに色を濃くし、鼻の周りに微かなそばかす。声は少し高めにチューン。細身の身体を、ややふくよかめに。


 僕は誰でもない僕に変わる。

 オルクス公爵家次男ディランダルとは真逆の、そのあたりにいそうな一平民に、僕は偽装した。街中に紛れるように、溶け込むように。

 僕は生粋の平民ではないし、あんまりにも外面ばかりをそれっぽくやりすぎると、かえって嘘っぽさが増すから、裕福めの商人みたいな風体で。身長ばかりは誤魔化せないので、猫背気味にして調整。

 表情、仕草、歩幅、全てを、擬装のために整える。


 向かいに座るシラギくんは、はーっと感嘆のため息を漏らした。


「相変らず凄いですね……。私はディランダル様だと知っているのに、全然別の人として認識していますよ。混乱しそうです」

「フルでスキル展開しているからね~。看破するのも難しいよ」


 魔力の持っていかれ方はエゲつないが、ここまで展開して、ほぼ見破られることはないと僕は確信している。

 魔力の揺らぎがあるので、魔力そのものを視るカナメならあるいは、というレベルの擬装だ。それだって、ノーエン伯爵家で侍従に扮していた際、すぐにはカナメも僕だと気づかず騙されていたからね。

 通常レベルの≪擬装≫だと、僕だと看破すればその人の目には「僕」として写るけれども、このレベルだと「僕」に様相が変わることもない。


 正真正銘、本気の≪擬装≫だ。


「正直、私からすると、どうしてこうなった? って展開なんですが……」

「ふふふ、譲れない意地のぶつかり合いだね」

「さっさとくっつけばいいものを……いやもうお似合いの二人過ぎないか……?」


 呆れたようにシラギくんがぶつぶつと小声で呟いているのを気にせず、僕は≪擬装≫の最終確認に精を出していた。






 リアから提示された条件はこうだ。


 『王都街のどこかにいる擬装した僕を、半日のうちにリアが見つけ出す』


 そんなアンフェアな条件を出してきて、何を考えているのかと僕は訝しむものの。


「あら、私、街でランおじさまがどんな姿で擬装して歩いていても、余裕でおじさまだとわかる自信、ありますよ? だって、ずっとおじさまだけを見つめてきたんですもの」


 ふっと笑われ煽られて、ノってしまった僕がいた。

 諜報を生業とする僕に、何て喧嘩の売り方をするんだろうね、この娘は!

 もちろん、これでリアが諦めてくれるのならば、という気持ちもあったけれどもね。


 ……ほんの少しだけ、期待もあったのは、否めないよ。


 でも、この広い王都の中で、物理的に擬装した僕を見つけるだなんて絶対無理だ。いくら『界渡人(わたりびと)』の血を引こうと、リアは付与調律師(ヴォイサー)ではない。

 これは、リアが僕から巣立つ良い契機なのだ。そう、もう彼女は僕の庇護を必要としない、大人の女性なのだから。


「じゃあ後はよろしくねえ、シラギくん」


 僕はささっと馬車から降り立ち、街の雑踏に紛れた。

 僕から遅れること1刻、リアがやってきて賭けは開始される。シラギくんはジャッジの役割もある。


 さて、どうしようかな。どこで暇を潰そうか。とりあえず昼時なので、僕は平民向けにしては味の良い食堂へと足を向けた。割とよく利用しているんだよね。もちろん、カナメや公爵家の出してくる料理の比じゃないけど、結構イケてると思うんだよなあ、ここ。

 日替わりの煮込みランチをいただきながら、この後の行動を考える。


(……しばらく、顔を合わせないほうがいいんだろうなあ)


 きっとリアを泣かせてしまう。そう考えると胸がずきずきと痛む。泣かすなと言われた手前、ステフから殴られそうだけど。


 夜会などがあるから、絶対に会わないということはできないものの、極力近寄らないのがリアのためだ。憂鬱すぎる。


 ならせめて、お詫び代わりの贈り物を見繕おうかな。罪滅ぼしにもならないし、自己満足この上ないけれども。

 あと花か。リアの好きな黄色と白を取り交ぜた花束。今買ったら目立つことこの上ないから、手配だけ。

 ……振った相手に対して、慰めを贈るの、嫌味かな。だけど、リアが僕の大切な子なのには変わりない。

 カナメには、期待を持たせるようなことしたらダメだよ~なんて以前説教したけれど、僕も大概だ。


 そうと決まれば時間がもったいない。僕は残りのご飯をかきこんで、代金を払って食堂を出た。

 リアに負けるだなんて、カケラも思っていなかった。

 食堂は少し脇に入った場所にあるが、平民街でもグレード高めの良さげな雰囲気の商品を取り扱っている商会は、ここからそんなに遠くはない。

 通り沿いに確か花屋もあった気がする。軽く花でも眺めながら、リアへの貢物を見繕うなんて考えながら歩き始めたその時だった。


 ――視界の隅に、リアの姿を捉えたのは。


 平民に変装したリアも、やっぱり可愛いなあ。三つ編みをたらして、素朴な感じがキュートだね。田舎から上京してきたお嬢さんって感じだ。

 きょろきょろと、彼女は何かを探すかのように、四方八方を眺めている。

 おお、ニアミスニアミス、いきなり遭遇するだなんて、リアは凄い運がいいな。

 でも、そんなに大っぴらに何かを探していますという雰囲気を醸し出すのは、あんまりよろしくない。ガラの悪い男に狙われてしまいそうで、少しハラハラしてしまうな。絡まれないといいけど。まあ、多分シラギくんがこっそり護衛してはいるだろうが。

 やがて、彼女の視線は僕のいるほうへと向く。


 が、目が合う前、ごくごく自然に視線を逸らし、リアに背を向け歩き始めた。特におかしな行動は、とっていないはず。

 だというのに。


「ランおじさま!」


 気色に満ちた声が、僕の耳朶を打った。

 そうして、脇目もふらず一目散に僕の背中へと抱き着いたのだ。


「!?」


 いやいやまてまて、そんな馬鹿なことあるか!?

 まだ賭けが始まって、少ししか経っていないぞ。この僕が!暗部オルクス公爵家の諜報を担う僕が!こんな、いとも簡単に見つかってしまうだなんて。


 僕はびくんと身体を揺らし、恐る恐る後ろを振り返った。

 そこには、目を輝かせて、ちょっとだけ得意げな表情をしたリアが、満面の笑みを浮かべている。


「……え、ええと、お嬢さん、人違いでは?」

「往生際が悪いですよ、ランおじさま」


 ぐうの音もでない、確信した視線だった。

 僕は渋々とため息をついた。


「………………どうして」

「言ったでしょ? 私には、どんな姿だっておじさまがわかるって。私、負け戦はしない主義なの」


 にんまりと唇を三日月にしたリアが、堂々宣言する。

 ああ、一つだけ。付与調律師じゃない彼女の資質で、僕を知ることのできる可能性がある。

 アンフェアなんてもんじゃない。これは、最初からリアに有利な賭けだったのだ。


「……もしかして、リアは≪天眼(ハイ・アナライズ)≫持ちだったりする?」


 ≪鑑定(アナライズ)≫の上位レアスキル、≪天眼≫の前では、隠蔽も擬装も意味をなさない。


「ふふ、当たり。ちっちゃい頃から、私にはおじさまの本当の姿しか見えてないですよ。だって、私が初めて綺麗って焦がれたの、おじさまの琥珀と赤紫の瞳だもん」

「……っ!?」

「だから、私の前では偽らなくていいし、(たと)え偽らざるを得ないのだとしても、こうやって絶対に見つけるから、ね」


 ああ、リアはずっと、この隠された瞳を見ていたのか。


「は、ははは……あはっ、これはもう、僕の完敗だね」

「そう。きっとね、おじさまは私と出会うために、ずっと待っていてくれたんですよ。だって私、ミスティオの血筋ですから。私に見つかったのが運の尽きだと思ってください」


 悪びれもせずに、リアは抱き着く腕に力を込めた。

 ミスティオっていうと、ヒースさんの生家だな。そういえば、確かあそこって、愛情が重すぎるエピソードがわんさかとある家系だったっけ。

 そして、一度この人と決めたら、一途に愛する愛情深い家系でもある。

 つまり、リアに見初められてしまった瞬間から、僕の負けが確定していたわけだ。

 一体何歳の頃から、リアは虎視眈々とこの瞬間を狙っていたのだろうか。


「それはそれは……熱烈な愛の告白だ」


 こうして僕はリアとの賭けに、完膚なきまでに負けて。

 でも、何とも気持ちの良い負け方だった。


 ――だって、リアは、僕を見出してくれたから。


 くるりと身体を反転させて、僕はリアに相対する。


「あら、おじさま的にはこちらのほうがお好みでした?」

「こら、『おじさま』じゃないだろう? 僕の可愛いリア、おじさまのままじゃ、背徳的すぎる」

「………ディランさま?」

「うーん。様もいらないんだけど。どうせなら、そのままランって呼ばれるのがいいな。双子特有の特別な呼び方なのだし」


 ね?と笑ってウィンクし、リアの艶やかな黒髪に口付ける。


「……ああ、もう、開き直ったランさまは、質が悪いわ!」

「おや、妻になる女性を口説いて何が悪いんだい?」

「そういう切り替えの早すぎるところ!!!!」


 ちょっと揶揄(からか)っただけで、顔を真っ赤にしたリアはまだまだだね。

 とってもとっても愛おしい。僕の可愛い子。


 恋ではない。激しく焦がれるような気持ちがあるわけじゃない。

 でも、今僕の胸は喜びにいっぱいで、穏やかな愛情だけははちきれんばかりで。


「リアへの気持ちは、きっと恋にはならないけど、それでもいいのかい?」

「いいの。だって、私がその分ランさまに恋して、愛するから。絆されてね? そうして一緒に愛を育んでいきましょう!」

「もう充分絆されているよ」

「そうだった!」


 わははと、喉を鳴らしてお互いに笑い合う。

 馬鹿正直に内心を吐露すれば、これまた馬鹿正直な愛情が返るのが小気味いい。


 ああ、この先を一緒に在るためには、恋を経なくてもいいのか。


 リアに向かうこの曖昧な感情は、絶対に恋にならないと僕は思う。

 だけど、絶対に愛だとは言える。

 歳の差が大きく、困難も待ち受けているだろう。そもそも、他に比べて互いに在れる時間は、多くはない。僕は、いつか先に、リアを置いて逝ってしまう。


 でも、リアの愛にきちんと応えたいし、今まで以上に大事にしたいし、何より愛したい。このいとしい娘を。

 そして、彼女から愛されるのは、さぞかし幸せなことだろうと。


 偽りでもなんでもなく、自然と、心から思えたのだ。





だいぶ癖のある話になってしまった気がするのですが、最後までお付き合いいただきありがとうございました!

これにて番外編も完結です。

またどこかでお見かけの際にはよろしくお願いします!


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― 新着の感想 ―
完結、おめでとうございます♪ ふふふ、そういえば、愛の濃いミスティオ一族になるんですよね。リアちゃんも。 ディラン様が幸せになれそうで、何よりです。 これで、きっとシラギくんの肩の荷がおりますね。 …
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