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13.社畜は魔法の講義を受ける・2



 私が作り上げた天属性の魔石を凄い形相で睨んだ後、リオナさんはため息をついた。


「保留。個人的にこっそり使うくらいなら許容範囲だけど、すぐすぐ市場に流せないわね。王家献上レベルよ。もし現段階で要にしか作れないレアものなのだとしたら、さすがに後世への影響が大きすぎるわ」

「ですよね……」

「シュヴァリエ案件がまた一つ増えたわね」


 お。『マリステラ』にきてから、一番聞いていると思しき固有名詞が、また出てきたぞ。


「そういえば、ちょくちょく出てくるシュヴァリエって何ですか?」

「ああ。古くから闇属性を統べる侯爵家のことよ。闇に関しては、あそこが一手に担っているワケ。嫌でもいずれ絡むことになるわ。アンタの他に、ハイレアクラスの『付与調律師(ヴォイサー)』を持つもう一人がいるからね」

「へぇ……。てか、そもそも調律師って何なんでしょう」


 私は小首を傾げた。

 調律というと、ピアノとかオルガンに代表される楽器の音を正しく合わせるというイメージがある。

 要するに、何かを正しい形に整えるクラスなのかなぁくらいは想像できる。

 ≪調律(ヴォイシング)≫のスキルは、未だグレーアウトしたままだ。まだまだ使いこなせるだけの力量が、足りていないのだろう。


「闇属性は、魔力や精神部分を補助することができる言ったわよね。≪調律≫とはその究極。魔力そのものを直接調整することができるのよ。自他関係なくね」

「つまり、他人の魔力にまで、介入できるということですか……」

「そういうこと。魔力も万能ではないわ。病気と同じように、魔力が身体に悪い影響を及ぼす場合もあるのよ。そういった異常を解消することのできる、唯一のクラスね。要は魔力操作のスペシャリストよ」


 魔力が血栓のようになって上手く機能しない魔力詰まりや、魔力が多すぎて制御ができなくなる過多症、その反対の欠乏症といった、魔力にかかわる症例が、ちらほらあるらしい。

 しかも、魔力が開花し始める年齢の子供が一番かかりやすく、場合によっては死に至ってしまうこともあるのだとか。

 ただ、魔力は目に見えないあやふやなもので、なかなか人体への影響に対する解明が進んでいないらしい。


「何だか治癒魔法に似ていますね」

「干渉できる領域が、肉体か魔力かって違いね。とはいえ、シュヴァリエの≪調律≫は手法がかなり特殊で、よほどのことがない限り使えないといって差し支えないから、実質この国での≪調律≫の使い手はアンタ一人とみていいわ」

「ひえ……」

「いや、うん、わかっていたけど、本当規格外ねぇ。って、アンタ、まさか時属性の魔石まで作っていやしないわよね……?」

「あはははは……」


 呆れ混じりの声を出しながら、じとりとした視線を寄こすリオナさんから、私はささっと目を逸らした。

 うん、劣化版なのはわかっているにせよ、逆にどこまでできるのかを試したくなるのは、人情だと思いません?

 時は避けたと言ったな。あれは嘘だ。

 最終的に好奇心に負けました。

 無言でぺちりと脳天を叩かれて、私はしずしずと証拠品を差し出した。


 時属性の魔石は、真珠のように真っ白だった。

 ただ、リオナさんによると、時魔法は一つ一つが尋常じゃないレベルで魔力を消費するので、小さな魔石だと魔法そのものを起動させるにはいたらないだろうとの見立てだ。


「一般に流布している腐敗を遅くする程度の遅延魔法が、せいぜいいいところね。そういう収納鞄(アイテムボックス)は実際存在するわけだし。使うならバレないようによ」

「はぁい!」

「さて、魔力の付与は問題なくできるようになったみたいだから、今日は魔法の付与についてよ」


 眼鏡をすっと押し上げるリオナさんの姿は、女教師さながらである。

 彼女が手にしているのは、『初心者のための魔法書』というタイトルの本だ。二階の書庫から持ってきたのだろう。


「魔法は、神々や精霊たちがもたらす神秘の力を借り受け、発現するために体系化された手続き方法ってところかしら。これはあくまでも一例でしかないから、自分なりに突き詰めていくのが一般的ね」


 神社にお参りする時の礼儀作法に似たようなものだろうか。一拝・祈念・二拝・四拍手・一拝みたいな。

 神様、精霊様、どうぞ力を貸してくださいって、お願いするための方法って考えてみればわかりやすいのかな。


 詠唱は、言葉に定義することで魔力の方向性を定め、あやふやで目に見えない概念や現象を、イメージとして膨らませやすくするための補助的な役割なのだそうだ。

 なるほど。言われてみると、言葉で示した方が制御しやすい。音読が、記憶に残りやすいのに似ている。ポエミーだから恥ずかしいんだけどね!!


「要の付与では、直接魔法を発現させることができないけれども、魔法そのものを何かに付与することはできるわね。じゃあ早速、無属性の魔石に、光魔法の≪灯り(ライト)≫を付与してみましょうか。詠唱はこれだけど、魔法は想像力が大事よ」


 リオナさんが魔法書をめくり、光魔法の初歩の初歩である≪灯り≫の詠唱を示してくれる。

 与えるのが魔力ではなく魔法に変わったけれども、基本的なやり方は同じだ。

 まずは光属性を付与して、魔法を埋め込む土台を整える。

 まだ魔法を付与する感覚が掴み切れていないので、ランプに光がともる様子を思い描きながら、詠唱を唇に載せ紡ぐ。

 そして、構築した魔法を、魔石に埋め込むように――。


「≪付与・灯り(エンチャント・ライト)≫」


 一連の流れで、透明だった魔石が淡い黄色みを帯びている。そして、石の中には、単なる魔力付与では見受けられなかった、細かな陣が浮いている。

 きちんと魔法を付与できたみたいだ。

 ここまでは順調にできた。リオナさんは満足げに頷くと、にっと挑発的に口角を上げた。


「次はその魔石に付与した魔法を、起動させてごらんなさい」

「ええと……? そんなことできるんですか?」

「できるわよ、要ならね」


 ううん? 魔石に付与した魔法を起動させる、とな?

 私は、目を瞬かせた。

 確かに魔石はちらちらと輝いているが、これは決して≪灯り≫の魔法が発動したからではない。単に、魔石が魔法を内包した結果でしかない。

 では、肝心の付与した≪灯り≫の魔法を、私はどうやって使えばいいのだろうか。


 あくまでも私の魔法は、対象に効果を与えるためのもの。

 だから、自分自身が付与以外の魔法を行使する想定ではいなかった。

 けれども、リオナさんの瞳は、できるという確信に満ちている。となれば、やり方があるはずだ。

 そう思って、神や精霊に祈ってみたり、先ほどみたいにイメージしてみたり、再度詠唱してみたり、最初に戻って念じてみたりもしたが、魔石はうんともすんともいわない。


「うーん……」

「ギブアップしたらヒントあげるわよ」


 リオナさんは、持ち込んでいた難しそうな本に目を通しながら、楽しげにそう言う。でも、もう少し自力で頑張りたい。

 遮二無二にやっても、埒が明かない。いったん落ち着こう。

 私は、深呼吸して、思考を巡らせる。


 ファンタジー小説とかでおなじみだけど、魔法が発動するときに消費されるのは、当然魔力だ。それは、この世界でも変わらない。

 実際、私が付与魔法(エンチャント)を発動するときも、自分の魔力が消費されている感覚がある。


 リオナさんは、私なら魔石の魔法を起動できると言った。

 裏を返せば、リオナさんにはできない、ということかもしれない。

 私の属性は闇。

 リオナさんの属性は教えてもらえていないが、風と闇の魔法を扱っていたから、どちらかだろう。

 互いに、光魔法を直接扱う素質はない。

 ――でも、私には裏技がある。


「あ、そっか」


 私は手にした魔石に、今一度付与魔法を発動させて、光属性の魔力を付与した。

 すると、魔石に内包されていた≪灯り≫の魔法が発動し、魔石が皓々とした光を放った。

 うわっ、何でだ、めちゃ光が眩しい。ううん、この辺は要調整だな。


「……できた!」

「あら、もうちょっと手こずるかと思ったけど、あっさりやってのけたわね……。そう、魔石や魔法を発動させるためには、同じ属性の魔力が必要になってくるのよ」

「私は、付与魔法を通して、各属性の魔力を魔石に与えることができる」

「付与魔法の全属性(セラフ)って、イレギュラー中のイレギュラーよねえ……」


 魔法は、一般的に一つの属性を操れるだけの人がほとんど。複数属性を使いこなせる人は、結構珍しいらしい。

 本来、付与魔法でも扱える属性は、二つか三つがせいぜいなのだそうだ。

 それが全属性。確かに、当初の二人が頭を抱えたのがよくわかる。


 今のところの感触だと、まだ手間が勝っているものの、突き詰めていけば付与魔法って化けるのではないだろうか。

 私の背筋が、喜びに、好奇心に震えた。


「ちなみに」


 そう言って、リオナさんは私に再度≪灯り≫の魔法を付与した光の魔石を作らせた。

 一体何に使うのかと思いきや、リオナさんの掌に載った魔石は、程よい光量の灯りを放ち始める。

 リオナさんは魔石に込めた魔法を、いとも容易く起動して見せたのだ。


「えっ!? あれっ!?」


 どういうことだ。私の見立てだと、リオナさんは光魔法を使えないはずなんだけど!?

 もしかして、隠していただけで、実は光魔法を使えた?

 素っ頓狂な声を上げてびっくりする私に、リオナさんはしてやったりという顔をして笑った。


「私は、光魔法自体使えないわよ。でも、闇魔法には≪転換(コンバート)≫という魔法があってね。私の魔力を光属性に変えて、起動させたってわけ」

「ええええ!? そんなことできるんですか、凄い!」

「ふふふ。あとは工夫や発想次第、あれこれ試してみなさいな。ただし、攻撃魔法については、要の場合細心の注意をもって取り扱いなさいね。それと、魔力の枯渇には気を付けること。魔法書は、付与する魔法の参考に使うといいわ」

「わかりました。ありがとうございます」


 魔法は、まだまだ、私にとって未知の領域だ。初心者向けの魔法書一つだけでも、結構な厚みがあるくらいだから。

 私の場合、魔法は魔石を介しての発動と、少しばかり手続きが煩雑ではあるものの、幅が広がったことには変わりない。

 私は、魔法書を胸に抱えて目を輝かせた。


「でも、とりあえず今日はここまでにしておきなさい。魔法は逃げやしないわよ。アンタ、無茶しそうだからね。この後、ヒースを出迎える準備をするんじゃなかった?」

「はい。これから腕によりをかけて、料理を作ります」

「楽しみにしているわ。ふふ、ディランダル・オルクスからせしめた葡萄酒(ワイン)も、一緒に開けよっか。アンタ、いける口?」

「やったー! あんまり強くないですけど、人並程度に飲めるかと」

「よしきた」


 リオナさんの忠告を聞き流しながら、私はこの後訪れる楽しい時間に想いを馳せつつ、キッチンに向かうのだった。





いつもご覧いただきありがとうございます!

【ちょっとした補足です】

魔石:魔石と同じ属性の魔力で発動することができる。自給自足可能

魔法陣:構築の仕方によるが陣の属性と異なる魔力でも発動できる(ただし魔力の調達が必要になる)


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