表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/130

128.団長と元社畜の娘・3



 以前一人にだけ、素を晒し、僕にしないかと心を傾けた人がいる。

 言わずもがな、カナメだ。

 僕の偽装した姿に違和感を感じられる、数少ない女性。

 あの告白は嘘でもないが、恋情からではない。

 多分、カナメとヒースさんがいつまでもじれったかったのと、2人がこのくらいの横やりで離れたりはしない、揺らがない姿を見たかったのだと思う。

 まっとうに恋をしてくっついた2人に、僕は少なからず憧れがあったから。


 ま、その後告白がバレて、ヒースさんにはしこたま怒られたけどね!苦笑交じりだったのは温情だろう。


 僕の擬装(カモフラージュ)は一族の使命だ。なにせ、我が家は国の暗部を担っているもので。

 それは、オルクス家にオッドアイを持って生まれた者の揺るぎなき決まりごと。故に、僕も普段は、瞳をよくある平凡な色に隠している。流石にカナメでも、そこまでは見抜けなかったくらいの、最重要機密、オルクスの裏当主の証。

 昔はこの瞳もスキルも、呪いみたいなもんだって少し荒れた時期もあったのだけど、や、若気の至りってやつだね。

 今でこそ、擬装を施すこと自体に問題はないし、汚れ仕事もあるといえども仕事に誇りをもっている。

 ただ、少しだけ、期待したくなるだけだ。


 偽りだらけの僕を、見抜いてくれる人がいるのではないか、と。



 だから、僕が心を傾けた人の娘に、プロポーズされるというのが、不思議な因果を感じてしまうのだよね。

 そんなことをつらつら思いつつ、目の前に座って紅茶を飲んでいるリアを見ながら、僕は内心で嘆息した。


 打ち合わせが終わり、どうにかポーションの都合をつけてもらえる算段を整えられてほっとしたのも束の間、リアに「一緒に紅茶でもいかがです?」と微笑みかけられて。

 カナメもシラギくんも、ごゆっくり~と逃げ出し、今に至るわけだ。裏切者め!母親と側近が、諸々放棄しすぎではないか。

 そもそも、男と年頃の女性を安易に2人きりにして良いのかと言いたいところだが、リアが小さな頃から2人っきりになることなんてザラなのに、今更何をと突っ込まれそうで、僕は口をつぐんだ。藪蛇である。まあ、間違いが起きるわけもないんだけどさ。


 素直でとても良い子に育った。綺麗になった。カナメと魔女サンの後を継いで薬師になるんだと、懸命に努力を続けているのを知っている。

 ――だから、簡単にリアを受け入れられるわけがない。

 僕みたいな老い先短いおじさんじゃなくて、もっとリアに寄り添える人がいる。それこそ、ディーアくんのように、顔も頭もよくて、将来性も甲斐性もありそうな好青年が。


「……リアには僕じゃなくて、良い人が現れるよ。歳もいささか離れすぎている。キミが好奇の目に晒されてしまう」

「お断りの定番の言葉すぎます」

「本心だからね」

「おじさまがいいっていう、私の気持ちは無視するの? ずるいわ、私の誕生日のお願い、叶えてくれるって言ったのに」

「あれは……」


 そこを突かれると痛いけど、まさか結婚を迫られるとは思いもよらなかったからなあ。

 ずるい、と言われても、不意打ちなのはフェアじゃない。

 リアは、不服そうにむうと頬を膨らませた。うん、こういう仕草は、まだまだ子供で可愛いな。


「年齢とか、体裁とか、人からの視線なんて関係ないわ。私が聞きたいのは、おじさまの私に対する気持ちなのに」


 情熱的な言葉に、心が揺れなかったとは言わない。本当に、こんな僕の何がリアのお気に召したのかね。

 しばらく無言で視線を交錯させて、リアは諦め混じりにため息をついた。ぽすんとソファの背もたれに身を預ける。お行儀の良さが崩れて、お嬢様然としていた部分から素を晒す。ちょっとだけお転婆な、可愛い僕のリアが姿を見せる。


 リアは、じっと僕を見つめた。

 まっすぐで、透明で、何もかもを見透かすような淡い緑色の瞳で。

 ああ、綺麗だ。

 幼い頃から、しっかりと見てくれるこの眼差しが、僕はとても好きだった。


「ランおじさまは、そうやって人を深く踏み込ませないですね。誰とでも愛想よくするのに、どこか一歩線を引いているの」

「……」


 子供という存在は、よくよく見ているものだ。内心で舌を巻く。もちろん、顔には出さないけど。


「……あのね、ずっと、この人はどうして偽るんだろう?って幼心に思っていたんです。本当の自分を、見てほしがっているくせにって。だって、ランおじさま、とっても寂しそうだったんだもの」

「リア……」

「だからね、ランおじさまには、私がいてあげなくちゃって思ったの」


 どきりと心臓が音を立てる。動揺を表に出さなかったのは、偏に積み重ねてきた年齢と経験の差だ。

 そのくらい、驚いた。

 ああ、もう本当に嫌になるくらい似ている。カナメに。

 いや、カナメ以上に、僕を揺るがす。


 だって、寂しそうだなんて、そんな風に言われたこと、なかった。


 みんな言う。いつでも楽しそうだね、陽気だね。明るくていいねと。

 カナメですら、僕の内面はよくわかっていない、複雑だと思っている節がある。

 なのに。


 リアは、じっと僕を見つめたまま、ペリドットの瞳を悪戯っぽく細めた。

 ちょっとだけ、悪巧みをしている時の顔。こういう表情は、カナメよりもヒースさんに似ているなって思う。


「……このままじゃ、どれだけ経っても平行線よね。ランおじさまは、私を受け入れるつもりはない。でも、私はおじさまがいい」

「そうだね」

「もう、私、おばあちゃんになっちゃう!」

「あはは。リアはまだまだ若いんだ。いずれ、人の気持ちも変わるよ」


 それは、歳を喰っても、僕が死んでも、ずっと一途に僕を愛するって宣言だろうか。

 ……そんな永遠、ありえないのに。

 どれだけ真実の愛をのたまったとて、やがて壊れてしまう関係を多く見てきた。

 愛や恋は、往々にして素晴らしい感情だけど、時に非常に厄介だ。

 リアは、一時の熱に浮かれているだけ。何せ、恋や愛は、とても魅惑的でもあるから。

 理性的に僕の頭は、そう囁いているのだけれども。


「まあ、おじさまったら、私の想いを舐めていらっしゃるのね」


 リアは、僕の薄い考えを一蹴するように、不敵に笑った。


「……ならば、ねえ、おじさま、私と賭けをしませんか?」






ディランさんの背景を書こうとすると長くなりすぎるので、端折っているため少しわかりづらくてすみません。

本編では描写するタイミングがありませんでしたが、ディランさんは外観的特徴のオッドアイもカナメに看破できないレベルで偽装してます。

オルクス暗部先代はディランさんの叔父で、現在はそれをディランさんがついでます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ