126.団長と元社畜の娘・1
お久しぶりの番外編です。
歳の差カップリングを投下しにきました。苦手な方はご注意ください。
よろしくお願いします!
じーっと、一途に僕の瞳を見る目に、多分僕は救われていたのかもしれない。
ーー運命の岐路に立った時は、諦めが肝心。
久しぶりに降りてきた≪予兆≫は、そんな占いみたいな手がかりだけを告げた。
僕には恋がわからない。
それは、生まれもった欠陥なのか、それとも諜報という生業のせいなのか。
人を欺き、己を隠し、身のない甘い言葉を囁き、多くの闇を覗き、情報を得、偽装してきたからか。
愛情ならばわかる。
だって、愛のほうが幅が広いから。
恋人へのみならず、家族への愛、友達への愛、子供への愛。愛情は懐が深い。
でも、恋だけはわからない。
胸を焦がす感情というものを、僕は知らない。
「ランおじさま。今日私、16歳になりました」
「ああ、知っているよ、誕生日おめでとう~。リア。大きくなったよねえ」
招かれたカナリアとステファンの生誕祝いに駆けつければ、臙脂色のドレスに身を包んだリアが、にこっと愛らしい笑みを浮かべて僕を歓迎してくれた。
カナメ譲りの黒髪に赤が生えて、とても良く似合っている。小さなトパーズを集めて作られたアクセサリは、まだ出回っていない新たなデザインで趣味がよく、社交界でも話題になりそうだ。
若い子にしては、色の取り合わせが渋いなとは思ったけれども。
16歳といえば成人。生まれた頃から見守っていた、カナメとヒースさんの娘が、立派なレディになったのだ。はー、感慨深い。
そりゃあ僕も歳を取るはずだ。気分はもう親戚のおじさんというか、叔父のつもりでいたし。にこにこと、自然目尻が下がってしまうのも、致し方ないことだろう。
リアは小さな頃から、ランおじさま、ランおじさま、大好き、将来はおじさまと結婚するって、人一倍僕に懐いてくれて、ヒースさんがガチで嫉妬するくらいだったから、めっちゃくちゃ可愛がっていたもん。
もちろん、ステフも可愛いけどね!でも、ステフは歳を重ねるごとにヒースさんそっくりになってきたからね!察して!
カナメがこちらの世界に生まれていたら、という感じに成長したカナリアは、ペリドットに似た瞳を少しだけ不安げに揺らして、僕を見上げる。
「ありがとうございます。……あの、誕生日なので、どうしてもおじさまから欲しいものがあるんですけれど」
「うんうん、可愛いカナリアのためなら、なんでも叶えてあげるよ」
「本当ですか!?」
叔父馬鹿というなかれ。可愛い子の曇った顔など、いくらでも払拭してあげよう。使っていない給料が、たんまりあるし。せっかくの誕生日という記念の日なんだから、甘やかしてなんぼだろう。
当然、お祝いの品は別に用意してあるけれどもね。
僕の言葉に、ぱっとリアの瞳が輝いた。うんうん、やっぱりリアはそうでなくちゃね。
「では、かねてより申しておりましたが、私と結婚してください♡ ランおじさまを私にくださいな」
ケーキを食べに行きたいな、みたいなノリで、カナリアは満面の笑みでぽんと両手を合わせ、たたみかけてきた。
「…………………………はい?」
――僕には恋がわからない。
そんな僕は、可愛がっていた友達の娘から、プロポーズされました。
……婚約すっ飛ばして!?
* * *
「リオナって名づけなくて、心底よかったあ……」
「待って。おじさん相手にプロポーズを決行した娘に対する一言目がそれって、おかしくない!?」
「いや、リオナさんに顔向けできないじゃないですか。ディランさんと結婚なんてされた日には」
「カナメ、ズレてるってば」
「そうだぞ、カナメ! 娘は! ディランダル君の! 嫁にはやらん!」
「ヒースさんも落ち着いて」
親が親なら子も子っていうのは、こういうときに使うのかなあ。
双子の誕生日パーティは小ぢんまりとして、そもそも身内や仲良ししか招かれていない。その身内や仲良しに、陛下だの王子だの闇の侯爵家嫡男だのがいるので、ちょっとビビるんだけど。ユベール一家だから仕方ないね。
伯爵位を持つユベールにしては狭めの屋敷の客室に、僕はお世話になっている。あ、当たり前だけどシラギくんもいるよ。僕の隣で苦笑している。
そんなこんなで、リアの爆弾発言があって。
パーティが終わってから、僕はカナメとヒースさんを拉致って、応接室に陣取ったわけだ。酒でも飲まなきゃやってられない。
割と冷静に物事を判断できると思っていたのだけれども、世の中にはまだまだ僕の予想もしないことが起きるよね。混乱の極みでしょ、こんなの……。
だというのに、両親はこんな風にのんびりしているし。
僕は深々とため息をついて、ソファの背もたれにぐったりと体重を預けた。力抜けるよねえ。
「……何もこんな40にもなるおじさんを選ばなくても」
「あら、カナリアは小さいころからずっと、ディランさん一筋だったじゃないですか。まあちょっと歳は離れていますけど」
「ディランダル様、カナリア嬢にモテモテでしたものね」
「シラギくん、煩い」
僕は半眼でシラギくんに恨みがましげな視線を送り、唇を尖らせた。シラギくんは、しれっと笑っている。長い付き合いで、すっかり可愛くなくなってしまった。
シラギくんはいいよね。昔からの婚約者と円満に結婚して幸せな家庭を築いて、子供もいて、でもまだまだ奥さんとアツアツで。
独身のひがみって言われたら、それまでだけどさ。
「てか、カナメはいいの? 反対するかと思っていた。ヒースさんは当然反対するにしても……」
想定外にカナメの反応は悪くない。というか、あらあらまあまあみたいな感じで、高みの見物よろしくのほほんと笑っている。
普通に考えて、ヒースさんの反応のほうが当たり前の気がするんだが。
『界渡人』の常識だと、そうでもないんだろうか?
「カナリアが選んだ人ですしねえ。それに、ディランさんが信用できる人なのも、頼りになる人なのも、カナリアをないがしろにするような人じゃないのも、浮気をするような人じゃないのも、この上なく知っていますから」
「浮気はしないけどさ……」
「それに、カナリアを泣かせたら、ちょんぎりにいきますから、ヒースさんが」
「任せろ!」
「死ぬより恐いわ」
笑顔で恐ろしいことを言うな!
浮気はしないけど、ハニトラギリギリなことはしているので、いたたまれずにすっと目を逸らす。ヒースさんからの非難の視線が、ちょっと痛い。
まあ、綺麗なことばっかりはしてられないしね、仕事柄。うん、あくまでも仕事柄だよ?
「それに甲斐性もありますし! 多少年上だなあとは思いますけど……そこまで心配はしていないですよ」
「でも、僕にお義父さん、お義母さんって呼ばれるんだよ?」
「うあああああああ、やめてくれ!」
僕の一言に、ヒースさんが頭を抱えて発狂した。マジで涙目になってる。おもしろ。
だけど、実際僕が同じような立場になったら発狂ものだろうなとも思うので、あえて突っ込んだりはしない。ごめん、揶揄いが過ぎたよ。
どうどうとカナメがヒースさんをなだめつつ、僕に向かって微笑んだ。
「ディランさんの気持ちもありますから、リアの気持ちを押し付けるつもりもありませんよ。ただ、あの子も成人しましたし、いい加減婚約や結婚も視野に入れて、将来を考えないとでしょう? 振るのであれば、きっぱりお願いしますね。ああ、もちろんこれでディランさんとのお付き合いを考え直すとかはありませんので」
「……ユベール夫妻に限って、そんなことはないとわかっているけど、正直気が重いなあ」
「リアの隣にいるのが、ディランさんじゃなくなるっていうのも、妙な感覚ですけどね」
カナメがワインを口にしながら苦笑する。
そう、僕はなんだかんだ、ずっとリアのそばにいた。
僕の偽装のせいで、わずかにブレる魔力が気持ち悪いのか、感覚の鋭い幼児や動物なんかは近寄ってこない。さ、寂しくなんてないんだからね!
実際、ステフにも姪にも、幼い頃はよく泣かれていたしな。
だから、寄ってきてくれたリアが、特別可愛く思えたんだ。
小さな存在が愛らしく僕に微笑んで、手を伸ばして懐いてくれるのが嬉しくて、可愛くて、手放せなかった。優しく包み込んで、見守って、慈しんで、できる限りの愛情を注いだ。
両親でもないのに溺愛してって、カナメには笑われた。本当の姪っ子がいるにもかかわらずって、兄上にもちくりと刺された(もちろん冗談交じりにだし、姪も可愛がっているけど)。
カナメの言葉に、僕の胃の腑のあたりがもやもやと重くなった。得も言われぬ変な感じがして、思わず下腹をさする。
――リアの隣に、僕以外の男が立つ?
ああ、考えたこともなかった。そんな自分に愕然とする。
でも、それが普通だ。
なのに何故か、想像するのだって嫌だという気持ちが沸き立つ。
いずれ、リアは僕の手を離れていく。
今日だって、月並みだけれども凄く綺麗だった。幼かった少女が、大人の女性に羽化して羽ばたき、やがて好きな人の手を取る。
僕は必要なくなる。
……そんなの、わかっていたはずなのに。
だけど、この想いは恋なんかじゃないと、僕は知っている。
でも、このリアに対する気持ちは何なんだろう。
わからない。わかりたくない。
暴きたい。暴かれたくない。
改めて突き付けられた感情に、僕は重い気持ちでうなだれるほかなかった。
団長さんのお話は全4話。毎日1話ずつ投稿していきます。