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125.元社畜はピクニックにいく




 ヒースさんと再会して。

 怒涛の勢いで結婚の流れになり、普通ここまで最短な日程を組まないと方々から揶揄(やゆ)されつつも、もう少しで式というある日。


「……気分転換しましょうか」

「……そうだね、ちょっとはりきりすぎたね」


 私とヒースさんは、お互い疲れのにじむ顔でへらりと笑った。


 いくら社畜が、忙しくなるとテンションがハイになりすぎてパフォーマンスギリギリまで攻めるといっても、さすがにちょっと頑張りすぎた。

 ヒースさんなんて、騎士団で仕事をする傍ら、式の準備なんだから、私よりもずっと大変だっただろう。


 お互い馬車馬の如く働いたおかげで、式に向けてやらねばならぬことも、ポーションや魔石作りの依頼も、あらかた片づけ終わっていたのもあり。

 いや、さすがにちょっとこの疲労に満ちた顔はアカンと、二人してユエルさんに怒られて、数日休養日になった。


 侯爵家侍女さんによる笑顔のエステコースは、どうにか回避した。ぴっかぴかの艶っつやになるのはわかっていても、精神的な疲労困憊が凄いんだよアレ。後でねと、脅されたけど……。





 さて、そうやって一日ぐっすり休んだ翌日。

 ヒースさんの騎士団のお休みに合わせて、私はお弁当作りに取り掛かった。こうやってお弁当を作るのも久しぶりだ。

 おにぎり、卵焼き、からあげ、ポテトサラダ、ピーマンの肉詰め、あと作り置きしておいたきんぴらもね。お肉多めなのはご愛敬。

 ヒースさんも大好きな定番のおかずを作りつつ、今日のスープを仕込む。


 キャベツ、玉ねぎ、にんじん、ベーコン、キノコを刻み、鍋にバターを溶かして炒める。擦ったショウガやニンニクを入れても、味が深まっていいよね。ということで投下。

 色がついてしんなりしてきたら、水とコンソメを加えて煮込む。野菜が柔らかくなるまで煮立てて、お味噌を溶かし入れつつ、牛乳を加える。

 味を見て調味料で整えて、ふつふつしてきたら、味噌クリームスープの完成だ。小ネギを散らすのは、食べる直前でね。


 あー!味噌味のインスタントラーメンを牛乳加えて作って、カロリー高めに食べてたの思い出す匂いだなあ!


 スープボトルに詰め、お弁当もバスケットに入れて、準備完了。

 嫁入り前なのもあり、まだシュヴァリエ侯爵家にお世話になっているので、出勤するお義父様とシリウスお義兄様の分と、家にいるのに何故かユエルさんも分も作っておいたら喜ばれた。

 侯爵家の料理人さんたちも、朝ごはんのついでに下準備を手伝ってくれたから、凄く助かったよ~!



 そうして、ヒースさんのおうち……ユベール伯爵邸まで送ってもらった後、ヒースさんの愛馬(あの青毛ちゃんを購入したらしい!)と、こっそりエア・スケーターで並走してやってきたのは、王都からちょっと離れた風光明媚な湖の傍。

 魔物が出る山が近隣にあるため、あまり観光に向かない場所だが、一部冒険者の採取に最適なと穴場だとヒースさんが教えてくれた。

 うん、万が一魔物が出てきても、ヒースさんがいるから大丈夫だ。


「わあ!」


 秋風がちょっと寒いかなと思ったけれども、真っ青な空の下に降り注ぐ日差しは柔らかく暖かい。ピクニックするには、季節的にギリギリだったにしては、快晴に恵まれた。

 連れてきてくれた湖畔は、水が澄み、周辺に花が咲いていたが、ちょうど紅葉間近で、山々の木々が赤に黄色に色を変え始め、とても綺麗だ。

 空気も美味しい。春先に来たら、また違った美しさを味わえることだろう。


「しばらくずっと王都にいたから、こういうの久しぶりです」

「俺もだよ。ダンジョン暮らしだったからなあ……季節を味わっている暇もなかった」

「じゃあ、今日はゆっくり楽しみましょうね」


 湖畔をのんびり歩きながら、景色を楽しむ。ピクニックのつもりだったけど、予期していなかった紅葉狩りは、風情があって癒された。

 最近ずっと手紙だの書類の文字だのを追い続けていたからね……目に優しい。


「おお、こんなところにニコビアが生えてる! 流行病の薬の原料になる薬草ですよ」

「取っていこうか」


 珍しい草花もあって、思わず二人してせっせと採取しちゃった。

 仕事のつもりはなかったのに、こうやってとっさに仕事に繋がることをしてしまうの、悪い癖だねえ。ヒースさんと顔を見合わせてしまったよ。これはユエルさんには内緒で。


 しばらく採取に勤しんでいたらお腹が空いたので、防水・防塵を付与(エンチャント)したシートを敷き、小高いところで湖を眺めながらお弁当タイム。

 ふんわりと吹いてくる風が、とても気持ち良い。うーん、贅沢だねえ。


「はい、ヒースさん、スープをどうぞ」

「ありがとう。ん、白いのに、ミソの匂いがする……」

「ええ、今日は味噌ミルクスープにしてみました」


 スープボトルを手渡すと、ヒースさんは早速くんと鼻をひくつかせた。


「あ、旨い。普通のミルクスープももちろん美味しいけど、またこってりして違った味わいがする。味噌のコクがいい感じだね。訓練のあとに、無性に食べたくなる味だ」

「でしょう。ちょっと身体も冷えましたから、ちょうど良いですよね」

「すごいなあ。『界渡人(わたりびと)』って、味のバリエーションが豊富だね」

(『界渡人』っていうか、日本人って気も……)


 ヒースさんの絶賛に、私は曖昧に笑う。

 海外の人は、寒くても食事を温めて食べなかったり、毎食丁寧に料理をしなかったりして、結構雑っぽいらしいし、調味料の豊富さは食にやけに執着のある日本人特有な気がしなくもない。


 『マリステラ』も、基本は塩といいところ胡椒や唐辛子なんかの香辛料利用が一般的なくらいで、特に平民向けとかは味付けに関しては大ざっぱだからなあ。

 私の料理がみなさんの胃袋を掴むのは、自明の理って感じだ。


 お弁当はどれも好評で、ヒースさんは残さず平らげてくれた。ダンジョンに潜っていた間にも、私のお弁当が欲しかったと切実に訴えられたくらいだ。

 デザートのプリンをつつきつつ、シグムントさんとマリーの話や、ダンジョンでのよもやま話なんかを聞いていると、ふっとヒースさんが思い立ったように呟いた。


「カナメ、お願いがあるんだけど」

「なんですか?」

「膝を……貸してほしい。ダメかな?」

「膝」


 思わずオウム返しをして、私は己の膝周りに眼差しを下ろす。

 つまり、膝枕ってことですか。


 いつぞや、ヒースさんに「する?」と揶揄(からか)われた時もありましたが、今度はして欲しいと。

 ……聞くところによると、男のロマンの一つっていうものなあ、膝枕。


「幼い頃、家族でピクニックに来た時、母上が父上を膝枕していて、いいなあって思ったのをふと思い出してね。あの時、俺もやってほしかったんだけど、父上の視線が険しくて……子供心に諦めたような……」

「ああー……」


 二人して遠い目をしてしまった。

 例の、ヤンデレなお義父様。そりゃあ、お義母様の膝を貸してくれるわけないよなあ。何せ、ヤンデレは子供にも大人気ないので。

 ロマン的なあれそれじゃなかったけど、自覚してなさそうな幼いヒースさんの小さな傷ならば、私が埋めてあげたい。

 だって、こ、婚約者なんだし?ちょっと恥ずかしいけど。


 私は姿勢を崩し、太ももをぽんと叩く。どんとこいだ。


「ふつつかな膝ですが、どうぞ」

「ふつつかって、ふふ、ありがとう」


 そろっとヒースさんが寝転んで、頭を預けてくる。

 硬くないかな、寝づらくないかな、大丈夫かな。

 私の心配をよそに、ヒースさんはちょっと照れくさそうにはにかんだ。


「……柔らかくてあったかいね。父上が譲りたがらなかったのも、わかるかも」


 ぐっ……、心臓にクリティカルヒット。眩いご尊顔が、私の真下で微笑んでる。凄いな、美形ってどの角度から見ても美形だ。当たり前だけど。混乱しているか、私。

 いやもうこれ視線をどこに置けばいいのー!?

 赤くなって視線をきょろきょろさせる私に、ヒースさんはくすっと喉を鳴らす。

 はらりと垂れた私の髪を、指に絡めて遊んでいる。い、色気ー!!


「ああ、落ち着くな……。ごめん、ちょっとだけ休むよ。そこに色々暇つぶしを持ってきてあるから、カナメも楽にしてて」

「!?」


 そういって、ヒースさんは私の後頭部に手を当てて、くっと引き寄せる。軽く身を起して私の唇に小さく口づけると、悪戯っ子みたいににやりと笑ってから、再び膝の上に沈んだ。

 …………。

 いや、スマートすぎない!?手慣れてない!?息を呑む暇もなかったんですけど。くそぅ、すっごいドキドキした。少女漫画みたいじゃん……。


「うう……」


 恥ずかしさを誤魔化すみたく、寝に入ったヒースさんを起こさないようにと、そろそろ指定の鞄をひっぱって見れば、お菓子や飲み物、本が入っていて。準備万端確信犯すぎる。ぐぬぬ……。

 しかもこれ、いつぞやに読みたいなあって軽く話題に載せた程度の本だ。ぬかりなさすぎでは。気遣いは凄くありがたいけれども。


 ややあって、ヒースさんからすーすーと寝息が聞こえてきた。最近とみに忙しかったものね。

 本当に疲れているらしく、くたりと気を抜いて目を閉じているヒースさんの髪を、おずおずと撫でてみる。猫の毛並みみたいで、触り心地が良い。ふふ、可愛い。私の手が気持ちいいのかな、ふにゃ、とヒースさんの寝顔が崩れた。ヤバい、可愛い。


「お疲れ様です。私のためにありがとう。大好き、ヒースさん」


 柔らかな日差し、暖かい気候、綺麗な空気、美しい景色、鳥のさえずり、いっぱいのお腹、伝わる鼓動、少し低い体温。

 大好きな人の寝顔を眺めながら、過ぎていくゆったりとした時間。


「……いずれ、縁側でも欲しくなりそうだなあ」


 ユベールのお屋敷に、縁側は流石に似合わないけれどもね。心の風景というかね。


 ヒースさんと2人なら、そんな穏やかで優しい毎日を過ごしていけるに違いない。





これにてお終いです。お付き合いいただきありがとうございました!

上手くまとまりきらなかったディランさんの恋愛話が納得いくようにかけたらまた投下しにくるかもしれませんが、ひとまずはこれにて。

またどこかでお会いできましたらよろしくお願いします!


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― 新着の感想 ―
大円満!のラストで完結おめでとうございます。 カナメちゃんもヒースも色々なことを乗り越えられて良かったね! 特にカナメちゃんの心の成長に感動でした! 登場人物がに皆魅力的で人間的で、素敵な作品をあ…
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