120.元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい
「~~♪」
ジャガイモを滑らかになるまでマッシュし、ブロッコリーを小分けにする。玉ねぎはみじん切り。
バターでブロッコリーと玉ねぎを炒めたら、塩とお水を入れて煮る。火がきっちり通ったらブロッコリーをざっくりと潰して、ジャガイモと牛乳とコンソメをインして温める。
スープをじっくりと煮込んで、徐々にいい香りがキッチンに立ち上っていくのが好きだ。
最後に、ノーエン伯爵家からいただいたチーズを溶かし加えれば、ブロッコリーのポタージュスープの出来上がり。
栄養たっぷりで食べやすく、ジャガイモのおかげでお腹にもたまるし、割と我が家の食卓でもよく出る定番スープの一つだったりする。
ついつい鼻歌を歌ってしまったので、ちょっとだけ元気になる効果が付与されているはず。
あれから。
私とヒースさんは結婚して、シュヴァリエの家からお引越しした。
電撃結婚すぎって、ユエルさんには笑われてしまった。普通の貴族は、婚約期間多少置くものね……。我々、すっとばしたもんね。
ここは、ユベール伯爵家のお屋敷だ。領地もないので、王都の貴族街の一角に、こぢんまりと立っている。
なお、お屋敷の提供元は、ミスティオ侯爵家で、せめてこのくらいは甘えて欲しいと、ヒースさんのご両親に押し切られた。
キッチンに立つのは私。料理人を雇う?って話もあったのだけど、領地経営する必要もないし、多少仕事はあるにせよ、基本フリーな私がいるので、遠慮することにした。私も料理好きだしね。あと、使用人で家庭料理得意な人もいたから、フォローしてもらっている。
何より、できるだけヒースさんには、私の手料理を食べてもらいたかったし。
そう言ったら、ヒースさんははちきれんばかりに破顔した。
そんなわけで、うちで雇っているのは、使用人と護衛数人だ。伯爵位の貴族にしてはだいぶ少ないんだけど、領地持ちじゃないし、そこまで広い屋敷でもないし、使用人のみんなが良く助けてくれるから回せている。ありがたや。
とはいえ、シュヴァリエ侯爵家にいた頃とは、比べ物にならないくらい身軽なので、そういう意味では気持ちは楽かも。使用人も護衛も、いい人たちばっかりだし。
「できた」
味を見ると、チーズのコクがまろやかなミルクと相まって美味しい。うむ、今日も私のスープは最高だ、なんて自画自賛をしてみる。ノーエン伯爵家の乳製品がいいんだよね。
腕時計を見れば、そろそろヒースさんも帰宅の時刻だ。
火を止めた私は、エプロンを装着したまま、いそいそと目的地に向けて廊下を歩く。
「そろそろご飯よ~」
「「はーい! かあさま」」
私が部屋の入り口から食事の準備が整ったのを伝えると、男女の幼児の稚い元気な声が響き渡った。
そう、あれからかれこれ6年が経過し。
……はい、結婚して爆速で子供ができました。すっごいいい笑顔で、新婚初夜に抱き潰されました。ヒースさんェ……。
蓋を開けてみれば、お腹に宿ったのは男女の双子ちゃんで。
初めての妊娠で双子はかなり大変だったけど、どうにか母子ともに健康で出産。日本ほど医療が発達しているわけじゃないけど、その分ポーションとか回復魔法があるから、そこまで不安もなかった。
メンタル的には、ユエルさんが先に出産していたのも大きい。
黒髪に緑目の姉はカナリア、亜麻色に灰緑色目の弟はステファンと名付けて、今もすくすく育っている。現在5歳で元気いっぱいだ。私も乳母も、毎日へとへと。
我が子ながら、ふくふくしていてとっても可愛い。色くらいしか私に似なくて(いやでもカナリアは目元が私に似てきたかも?)、ヒースさんに良く似ているから物理的にも可愛い!美形の遺伝子強くてよかった!
ヒースさん的には、私に似てほしかったらしいんだけどね。
カナリアは私のスキルが遺伝したらしく、薬師の適性がありながら≪鑑定≫スキルを持つリオナさんの系譜を受け継げる待望の子だった。属性は闇。この辺、もしかして闇の女神の忖度があったりする?どうだろう。
逆に、ステファンはヒースさんの剣士の適性を受けながら、風と闇の≪2属性≫持ち。将来、騎士団での活躍を嘱望されるに違いない。
初孫だから、ミスティオのご両親が大いに浮かれていたのも、もはや懐かしい。ヒースさんの弟のシグムントさんのところにもお子さんができたのもあって、最近は落ち着いたけど、乳幼児の頃はしょっちゅう屋敷に訪れては、プレゼント攻撃が物凄かったよ。
どこの世界でも孫フィーバーってあるんだねえ。
カナリアとステファンは、お絵描き道具や眺めていた本をしっかりと片づけてから、満面の笑みで私のところにぱたぱたと向かってくる。
でも、見ていた本が年齢的にあんまり可愛くないんだ、薬草辞典だの魔物図鑑だのだよ……。絵本とかは、だいぶ前に卒業している。お母さんはびっくりしきりだ。
英才教育してるわけじゃないのに、子供たちの意識が高すぎる。私の知ってる5歳児と違うんだが……。
家庭教師の先生方も、大変優秀ですと太鼓判を押してくれているのが救いだ。
「子供たちの成長が早くて怖い……」
「えっ、こんなもんじゃない?」
と会話をしたヒースさんとは、貴族庶民ギャップなのか、異世界ギャップなのかをちょっと感じた。
ヒースさんも14歳で家出して冒険者やってたっていうし、総じてこの世界の子供たちは自立するのが早い。
きゃらきゃらとじゃれてくる子供たちと手を繋いで、子供部屋からゆっくり歩く。
すると、使用人が「旦那様がお帰りです」と教えてくれたので、エントランスへ直行だ。
「お帰りなさい、ヒースさん」
「おかえり、ちちうえ!」
「おかえりなさーい」
子供たちと一緒に、ゆっくり階段を下りていくと、ちょうど上着を執事に預けていたヒースさんが、私たちの声に振り仰ぎ、柔らかに目を細めた。
「ただいま、みんな」
子供たちが私の手をほどいて、ヒースさんに駆け寄る。
子供の突進も何のその、ヒースさんは2人を危うげなく受け止めると、軽々抱き上げてその頬にキスを落とした。
さすが現役騎士、結構重くなってきた子供も、難なくひょいだ。軍服で子供を抱っこしている姿は、日本人にはとても目の保養です。手を合わせたい。
「リア、ステフ、いい子にしていたかい?」
「うん! やくそうのご本をよんだの!」
「ぼくも! おべんきょう、いっぱいしたよ」
「それは偉いな。2人が頑張っていて、父様も誇らしいよ」
「えへへ。ねえねえ、とうさま、あしたはおやすみでしょ? けんのけいこ、つけてくれる?」
「お、いいぞ。ステフの腕がどのくらい上がったか、楽しみだな」
「リアも! リアもー!」
「ああ、リアとも遊ぼうね」
カナリアもステファンも、ヒースさん大好きっ子だから、褒められて嬉しそうだ。
「お仕事お疲れ様です」
「カナメもね。今日の夕食は何だろう。お腹がぺこぺこだよ」
騎士は訓練でも運動量が半端ないので、お夕飯頃にはヒースさんもすっかり腹っ減らしだ。
ヒースさんは、ちゅっと私の頬にもキスをくれるので、私もおかえりなさいのキスを返す。
前は恥ずかしくて、なかなか躊躇いがあったけど、ヒースさんがその姿にやたらとニヤニヤするので、恥ずかしがったら負けだと開き直った。挨拶挨拶。
「今日はブロッコリーのポタージュと、オーク肉のジンジャーソテーです」
「お、いいねえ。最近寒くなってきたし。カナメのジンジャーソテーは味付けが旨いから、フォークが止まらなくなりそうだ」
「やったあ! かあさまのポタージュ、リアだいすき!」
「ぼくも! いっぱい食べるー」
「あらあら、食いしん坊がいっぱいね」
ヒースさんからリアを受け取り、賑やかなまま、私たち家族は食堂へと足を向ける。
あたたかな家族がいて。
あたたかな食事があって。
あたたかな会話を紡いで。
あたたかな笑顔が生まれる。
腕から子供の高い体温がじんわりと伝わってくる。
――ああ、そんなささやかな団欒が、なんて幸せ。
私は、手にしたこのヌクモリを大事に、この先も異世界で歩いていく。
これにて完結です!
長らくのお付き合い、本当にありがとうございました。最後までエタらずに書き終えられたのも、読んでくださったり、応援してくださった皆様のおかげです。
諸々拙いところやツッコミがいはあるにせよ、自分にもこんなに長い話が書けるもんなんだなあと、勉強と自信になりました。
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この後、人物紹介や番外編をいくつか更新しますので、ブクマはそのままでお待ちいただけると嬉しいです。