12.気に入る団長
本日2話目の更新です
『魔女の家に行ってごらん。宝石が生まれるよ』
そんな、小さな神託は、いつだって気まぐれに突然降りてくる。
僕が生まれながらにして持つスキルの一つ、≪予兆≫は、時にエピグラムのような短さのあやふやな伝言が多いけれど、その言葉に身を任せれば、大概面白いことが待っている。
ヴェルガーの森なんて遠方で荷物の受け渡し、最初は部下に任せるつもりだった。
遠征準備でクソ忙しい真っ最中、統括である自分が足を運ぶなんてありえないと思っていたけれども、神託が降りればあっさり方針を翻す。
自分の代わりに、段取りを押し付けられる羽目になった副官の片割れが泣きを見たが、まあそれはそれ。
奴は尊い犠牲となったのだ。
店舗から外に出ると、馬を休ませていたもう一人の副官であるシラギくんが、軽く頭を下げた。
短く刈った金髪に、がっしりとした体格。僕と違って、騎士らしい騎士だ。
幼い頃からの付き合いで、従者としても護衛としても優秀な一人である。
「待たせた」
「随分時間がかかりましたね、ディランダル様。魔女殿に小言でも言われましたか」
「いや何、珍しい娘に出会ってね」
「……口説いていたんですか」
「口説いていました」
呆れたため息を聞き流し、ひらりと愛馬にまたがり、さっさと歩を進める。
滞在わずか30分強、移動はシラギくんの風の魔法があっても、片道約1日だ。受け渡しだけでこのロス。面倒くさいにもほどがある。
クソ田舎に住む魔女サンが、憎たらしくもある。
え、オルクス公爵領も、北の田舎だって?それはそれ、これはこれ。ほら、オルクス公爵領は、それなりに発展してるから。
――でも、僕が出向くだけの価値はあった。
僕の口角は、自然と上がった。
「まさか転移型の『界渡人』がこんなところにいるとは、さしもの僕も予想できなかったけど。いつからいたんだろ。そんな情報、どこにも引っかからなかったからなあ……足を運んでみたかいはあった」
本格的に馬を走らせる前にと、さらりと流した共有話題に、シラギくんはぎょっと目を丸くした。
そりゃそうだよね。驚きもするよね。正直、僕も心が躍った。
魔女サンのテリトリーだからと、情報網を広げておかなかったのは、ちょっと失態だったかな。
まあ、下手に探りを入れすぎれば、制裁という名の薬販売拒否を食らいかねないのが死活問題だが。おっかないったら。魔女サンの薬、本当に効くんだよね~。
それに、自分の武器をきちんとわかっている人は好きだ。
今日は不意打ちだったのと、持ち寄ったたっかい酒で、どうにか魔女サンのご機嫌を維持できたかなと思う。いやあ、痛い出費だった。
「しかも、面白いんだよ~? 彼女、魔石を弄っていたみたいなんだけどさ、何と8色あったんだ。もっとじっくり見たかったなあ、アレ」
「魔石を、弄る……ですか? というか、8色……? それは……さすがにディランダル様の見間違いでは」
「この僕が、見間違えると思う? 水の魔石に少し似ていたけれど、全然青みが違ったね。グレーがかった藍のアイオライトだ。初めて見た。あんなのを放置しておくなんて、迂闊な子だなあ」
「天属性の、魔石……」
ごくんと、シラギくんの喉が鳴った。
冷静沈着な彼をも戸惑わせる内容に、僕はしししと悪戯っ子みたいに唇を歪めた。
藍色は、人間だけに与えられたと言われる天属性の色。魔石では、絶対に持ちえないと言われている色だ。
それがあった。
つまり、天然ではない。――人の手によって作られたものになる。
だが、未だかつて、天属性の魔石が市場に流れ出たことは、一度たりとてないはずだ。
もちろん、付与魔法の本家本元たる闇のシュヴァリエあたりは、隠し持っていたかもしれないけどね。真偽は不明。
だから、気づかれはしなかっただろうが、さすがの僕も一瞬度肝を抜かれてしまった。ちらりとさりげなく視線を巡らせたカウンターの上、そこにありえないものが、平然と置かれていたのだから。
あの時ばかりは、自分の表情筋に感謝したなあ。
今となっては、作れるものなんだなあという気分である。
思考停止、固定観念って恐いね。
「クラスは付与魔法師だよね。少なくとも闇と天の【二属性持ち】だ。『界渡人』は通常複数属性持ちだといわれているから、他にも隠し玉持っているかもねぇ。うわぁ、愉しみだ。もっと時間があればよかったのに。夜を纏ったみたいな可愛いお嬢サンだったよ。僕より年下っぽかった。細くてちまくってさ……でも、僕に全然惑わされてくれないんだよ」
「あああ、ディランダル様の悪い癖が……。貴方、本当に微塵とも自分に興味ない、面白いもの持っている人、好きですよね」
「カナメも、滅茶苦茶引いた顔していた。ああいう反応久しぶりすぎて、ちょっと昂っちゃったよね」
「ディランダル様、気持ち悪いです……」
「お前に言われるとムカつくな」
馬上で頭を抱えるという器用な真似をして見せたシラギくんに、僕は笑顔で返した。
諜報なんて因果な仕事をやっていることもあって、僕の印象は本当に人それぞれだ。
顔が整っているのも、声が良いのも、高位貴族なのにやや軽薄な態度も、多様な知識を備えた実のない言葉も、仕草の一つ一つ、魔力に至るまで、全部情報を掠め取るための≪偽装≫。
大概の人は、容易く表向きの僕に心を許す。そうなるよう、場数を踏んできたつもりだ。
だからだろうか。初見でこの偽りの僕に違和感を覚えてくれる人は、男女関係なく好ましく思ってしまいがちだ。
面白ければなお良し。最高だね。
ああ、《予兆》は外さない。
宝石は、確かに生まれた。それも、とびきりの。
「上への報告は、どうなさるおつもりで?」
「んー、今のところ必要ないよぉ。何せ、薬の魔女サンの教え子だ。黙っていればきっと僕らにもメリットがあるし、彼女にも思惑があるのだろうさ。だから、シラギくんもシー、だよ?」
唇に人差し指を立てて、僕はにやりと笑った。
ああ、本当に、こんなに面白い玩具に出会えたというのに、これから気がのらない遠征に行かなきゃだなんて、どこまでついてないんだろう。




