119.元社畜と夜会・4
いつの間にやら、楽団が奏でる音楽が曲を変えている。さっきのワルツよりも、軽快な楽曲で、ステップも少しばかり難しくなる。
こっそりと話を聞きたかったのもあって、引き続き私とヒースさんはダンスを続ける。
ヒースさんにあげた防御のペンダント、最初に手探りで作った付与魔石だったから、遠慮も何もなく全力を注ぎこんだからなあ……。
まあそれはともかくとして。
そっか、私の魔石が、ヒースさんの命を救ったんだ。
ヒースさんが生きていてくれて、心からほっとする。
普段お世話になっているお礼で渡した装身具が、巡り巡ってその身を守ったのなら、作った甲斐があると言うもの。もちろん、出番がないのが一番には違いないけれども。
ペンダントトップが壊れてしまったとて、いくらでも新たに作り直して、この先もヒースさんの無事を祈るばかりだ。
「それに、無事踏破できたのも、ひとえにアマーリエ嬢と、俺の弟のシグムントの協力あってこそだ」
魔女のダンジョンにおけるパーティメンバーは、ヒースさん、マリー、シグムントさんの3人だったとか。
いや、3人で踏破できるレベルなの!?調査の時だって、5人ぽっちだったっていうのに。そりゃあ怪訝にもなるよ。
だから、式典にマリーもいたのか。婚約者さんの方じゃなかった、マリー本人のお手柄だった。
道理で、しばらく連絡も途絶えるわけだ。ダンジョンにずっと潜っていたんだもの。
ちょうど婚約者さんと踊っているマリーと目があったら、微笑まれた上に唇がぱくぱく動いて私にメッセージを伝えてくる。なになに、サプライズ?……左様で。
まあね、ヒースさん一人じゃ回復が致命的だから、聖女の末裔たるシノノメ公爵家のマリーに参加を依頼するのはわかる。
一緒にパーティを組んだ時、本当に手堅い仕事をしてくれたものね。回復ばかりでなく水魔法もピカ一だし、頼れる女性だ。
シグムントさんは、マリーの後に女性を連れて入場した男性のことだった。言われてみると、確かに顔立ちや色合いは、少しヒースさんに似ていたかも?
どうやら彼は、ダンジョンではディランさん的な役割を担っていたっぽい。騎士団団長の息子らしくない諜報系のスキル構成を持っていて、それが彼のコンプレックスだったそうだ。
でも、そんな煩悶を吹き飛ばすくらい、型破りなダンジョン探索や戦闘に付き合わされて、段々と吹っ切れたそうな。
強敵との闘いで、悩んでいるどころじゃないし、騎士向けのスキルを持っていなくとも、ヒースさんの動きを見て、闘い方は色々あるのだなと悟ったとか。
強制修行じゃん……。可哀想なんだか、良かったのか……。
「弟さんも手伝ってくださったんですね」
「うん。初対面に近い兄のために力を貸してくれて、凄くいい子なんだ。こんな無茶、もう二度と付き合わないって、げんなりしていたけれど」
「いや、本当ですよ。死にかけるとか、心臓に悪いのでやめてくださいね」
防御の魔石は、致命傷を回避するために魔法を組んであるわけで、ぞっとしてしまう。
生還できたからこそ、こうやって悲壮感もなく茶化せもするわけで、下手をすれば死んでいたのだ。
じわじわと胃の腑のあたりを襲うひんやりした恐怖感に私が表情を青ざめさせると、ヒースさんは申し訳なさそうに、でも意志の強さを感じさせる瞳で私をしっかりと見つめた。
「今回ばかりはすまない。ただ、俺には、必ずカナメの元に帰るって目的があったからね」
繋いだ手に、自然力がこもる。
掌と掌を、こうして重ね合わせられる幸せを噛み締める。
じん……と、ヒースさんの想いの深さに、私の胸に暖かさが広がっていく。
こんなに素敵な人と、私は心を通わせることができたんだと、改めてその僥倖をかみしめるばかりだ。
私が『界渡人』じゃなかったら、こんなにヒースさんばかりに大変な思いをさせないで済んだのかなと考えることもある。けれども、私が『界渡人』じゃなかったら、きっとヒースさんに出会えなかった。
だから、私があれこれ卑下したらヒースさんに失礼だ。
「その功績をもって王に爵位を望んで、ようやくカナメのところに来られる万全の力を手に入れることができたってわけだ。代わりに、国に属することにはなっちゃったけどね」
以前ヒースさんが言っていたように、世の中武力だけではどうにもならないことも多い。それは、私がシュヴァリエ侯爵家にお世話になって、よくよく身に染みた。
日本とは違い、身分制度がある世界で、私がどう考えようと身分を捻じ曲げることはできない。
私は闇の女神ノクリス様にチート的な能力を与えられはしたものの、必ずしも安全かというと、そうでもないし。陛下や王太子殿下たちが、私の存在を容認してくれるから、捕えられていないだけと考えることもできる。
かといって、ヒースさんは確かに人並外れて強いけれども、多勢に無勢で無事でいられる保証もない。
伯爵の地位があれば、特級冒険者としての武力をチラつかせつつ、最低限高位の権力者たちにも、ある程度渡り合える。
子爵では物足りないけれども、侯爵では大きすぎる。凄くぴったりな階級だ。
それこそ、後ろ盾として、和解した8家の一つミスティオ侯爵家もいるわけだし。私の背後にも、シュヴァリエがいる。
なお、ユベール伯爵は領地なしらしいんだが、私もヒースさんも特に土地はいらないよねって声を揃えた。
「やっと、堂々と君を手に入れられる。この1年、本当に長かった」
「ヒースさん……。私も、こうして会えて嬉しいです」
私たちは、ふふっと表情をほころばせて、顔を見合わせた。
話のキリがちょうどよいところで、ヒースさんに促されるまま、くるりとターンを決めてダンスが終わった。音楽も次の曲へと切り替わるタイミングだ。
さすがに少し疲れたので、ちょうどいい頃合いかも。
……って、あ、あれ?
話すがままに踊り続けていたけど、いつの間にか曲が変わっている?3曲ヒースさんと踊っちゃった?
確か、ダンスを踊る回数って、意味がなかったっけ?
ヒースさんはその場で私の手を取り、素早く指先に口づけを落とす。にっと目を細めた悪戯な笑顔が、とても不敵でときめく。
っあ、不意打ちが過ぎるんですが!?ヒースさんってば、手慣れすぎていません!?
しかも、みんなの見てる前でこんな堂々と……!ざわっとしてるよ、ざわっと。
おかげでしどろもどろになった私を連れ、ご機嫌なヒースさんはそのままバルコニー方面へとエスコートする。
ここでもやはり、周囲の人波が綺麗に割れていく。ヒースさん、一体全体どんな技を使っているんだ。
英雄譚を聞こうと群がり始めた男性陣のみならず、次にヒースさんと踊りたそうにしていたご令嬢たち一同が、すごすごと引き下がっていくんですけど!?でも、頬を赤く染めて、ぼーっと見惚れているんですけど!?顔面偏差値?もしかして顔面偏差値の高さでどうにかしているの!?謎すぎる。
そうしてたどり着いたバルコニーは、夜会の熱気を冷ましてくれるような涼しい風が吹き込んでいる。ダンスで火照った身体の熱を下げてくれて、とっても心地よい。
ホールから流れてくる音楽は、ムードのあるゆったりとした曲調に変わっている。
ほのかに注ぐ月明りに照らされて、ヒースさんの美貌はますます冴え渡って。ドキドキする。
最初に会ったときは、べらぼうに格好いいお兄さんだなーくらいの気持ちだったのに、知れば知るほど何度だって惚れ直してしまいそう。
そのくらい、ヒースさんのことが好きだ。
「カナメ」
「はい」
ヒースさんはその場に跪くと、私の手を恭しく取った。物語の騎士然としていて、夢でも見ているかのようだ。
そのまま、薬指の付け根に静かに唇が落とされる。まるで、指輪の代わりとでも言わんばかりに。
おもむろに、ヒースさんが私を見上げる。ふっと微笑んだ優しい顔は、私が一番大好きなヒースさんの表情で。
「君を愛している。俺と結婚して、家族になっていただけますか?」
「……喜んで!」
ああ、胸が震える。愛おしさで心が満たされる。身体の芯から、得も言われぬ感情が湧き上がってくる。欠けていた何かを取り戻したかのような。
いつだって、ヒースさんは私が一番欲しい言葉をくれる。
ーー思えばあの冬の日。
ほのかな恋心を失った直後、疲れた心で遠くに行きたい、癒されたいなあなんてうっかり考えたばかりに、ありえないほど遠くにきてしまったけれど。
私が欲しかったものは、ここにあったのだ。
「私も、ヒースさんが大好きです。愛しています」
「ああ、2人で幸せになろう」
立ち上がったヒースさんは、嬉し涙が盛り上がった私の目尻に一度キスを落としてから、そっと私の唇にぬくもりを伝えてくれた。
次回最終回です!
土曜日に更新します。よろしくお願いします。