118.元社畜と夜会・3
ヒースさんたちの入場に続いて、王族の方々が登場し、私たちの会話は一旦途切れた。
私の隣に立つ存在が気になって、国王陛下のありがたいお言葉を伴った開会宣言も頭に入って来ない。ちらりと視線を流すと、気づいたヒースさんが目を細めた。
……夢じゃない。ヒースさんが、隣にいる。
ぼんやりしていると、長いような、短いような時間がいつの間にやら経過していて。気が付けば、典雅な音楽が場を彩る。
王族による華麗なファーストダンスが終わり、いざ社交の始まりとなった段階で、すっと隣から手が差し伸べられた。
「カナメ、俺と踊っていただけますか?」
「あっ、ヒースさんってばズル~い。マナー悪ーい! ここは、やはりエスコート役に譲るべきでは?」
「カナメの初夜会でのエスコートを、泣く泣く君に譲ったんだ。マナーが悪いと言われようと、ファーストダンスまで譲れるわけないだろう?」
輝かんばかりの素敵な笑顔を浮かべたヒースさんとディランさんの間で、ばっちばちのやり取りが交わされ、私はちょっと焦った。
私だけじゃなく、周囲も固唾を呑んで見守っているようだ。近づけないよね。
あれっ、こういうときって、エスコートしてくれた方と最初に踊るのが一般的だよね?
だけど、2人の会話から鑑みるに、ディランさんはあくまでもヒースさんに依頼されて、私をエスコートしてくれただけっぽいから、ヒースさんの手を取るべき?
どうするのが正解なのかわからないまま、私がまごついていると。
「チッ……」
ディランさんの舌打ちが、ややマジ気味だったけれども、彼は割にあっさり身を引いた。
「ったく、しゃーないなあ。カナメ、後で俺とも踊ろうねえ。それと、このクソ執着男なヒースさんに飽きたら、いつでも僕のところに来てくれていいんだからねえ?」
「絶対に行かせませんから!」
「あっははっ! 幸せになりなよ、お二人さん」
ディランさんは、茶目っ気たっぷりなウィンクを一つ投げると、手を振って私たちの前から身を翻し、料理の並ぶ辺りへと足を伸ばした。
フリーになった途端に、女性に声をかけられているのがさすがだ。
「全く、油断も隙も無い……。こほん、カナメ、いこうか」
「は、はい」
「っと、誘った手前だけど、ダンスは踊れる?」
「大丈夫です。特訓しました!」
ユエルさんに言われて、ダンスはマナーと一緒にシュヴァリエ侯爵家で習ったんだよね。
いやはや、人生でリアルに「こんなこともあろうかと!」って場面がくるとは、夢にも思わなかったよ。ユエルさん、わかっていたのかなあ。
差し出された掌に手を重ねると、ヒースさんに腰を抱かれ、くんと引かれた。
でも、歩幅はちゃんと私に合わせてくれて、慣れないヒールでも歩きやすくて助かる。ディランさんの時もだけど、みんな本当に紳士だ。
ヒースさんがうきうき浮かれているから、私もつられて照れる。ディランさんの時は、そこまで恥ずかしいなという気持ちはわかなかったのに。
ダンススペースにまでたどり着くと、私とヒースさんは礼をし構えて踊り始めた。うん、今流れているのは、シュヴァリエ侯爵邸で練習したワルツだから大丈夫。足を踏まないかだけが心配だ。
「……ヒースさん、改めて、おかえりなさい。びっくりしました」
「うん。ただいま」
ヒースさんのリードは、凄く頼もしい。しかも、誂えたかのように踊りやすい。ステップを踏むのが、ちょっと楽しい。
うーん、ヒースさんってば、しばらく貴族をやっていなかったはずなのに、立ち居振る舞いもだけどダンスもそつがない。
「俺も驚いたよ。カナメがこんなに綺麗になっていて。ドレスも良く似合っている。前から可愛かったけど、今はとても美しいな」
「きっ……!?」
突然の口説き文句に動揺して、ステップを踏み間違えたが、危うげなくヒースさんがフォローしてくれる。
腰を抱かれぐるりと一回転アレンジステップを入れ、自然大ぶりになった仕草に、私のスカートがふわりと広がる。わっと、周囲から歓声があがった。
うわ、目立った。真っ赤になってじろりと睨むと、ヒースさんがくつくつと喉を鳴らした。愉しげなのが、なんか癪だ。
「……意地悪」
「それだけカナメが魅力的だということだよ。ドレスもネックレスも、カナメの美しさを引き出していて、選んでよかったな」
「もしかして、これ、ヒースさんからなんです!?」
「うん。ユエル様に手を回して、こっそりね。カナメには、俺の選んだものを身につけて欲しかったし。見立てに間違いはなかったな」
悪びれもせずに、ヒースさんが笑う。い、いつの間にそんな手配を!?さっきから混乱しきりだよ。
「もー、私のことはどうでもいいんです! っていうか、ヒースさん、ユベール伯爵ってどういうことなんですか?」
私は自分への賛美を逸らすため、気になっていたことを口にした。私を見つめてくるヒースさんの色気が、凄いんだこれが。
今までどうしていたのか、他にも追求したい内容は山ほどあるけれども、ふってわいた爵位が一番の問題である。
だって、つい1年ほど前であれば、ヒースさんは平民的な立場だったわけで。一応、ミスティオ侯爵令息という肩書は残っていたにせよ。
たった1年で、伯爵そのものになるだなんて、一体何があったんだと思うのは、自然な流れだろう。
「語ると長くはなるのだけど……かいつまんで言うと、ミスティオ侯爵家と……父と和解したんだ。で、侯爵家の協力もあって、カナメと一緒になるために子爵位をもらって、子爵だと爵位が足りないと思ったから、功績を積んで無事伯爵にのし上がったって感じかな」
ヒースさんはあっさりと簡単に言うけれども、それだいぶ波乱万丈な道だったのでは?
後で細かくは話してくれるそうだけど(短いダンスの間で、全貌を語れるほどではないらしい)、私と分かれたその足で、ヒースさんはミスティオ侯爵家に向かって、ご家族ときちんと膝を突き詰めて話をしたのだとか。
それで、お互いのすれ違いに頭を下げあい(主にヒースさんのお父様が、お母様にどつかれつつ土下座の勢いだったらしい)、無事、ミスティオ侯爵家に復帰。
長らく家を支えてきた弟もいるし、ヒースさんはミスティオの跡取りになるつもりは毛頭なかった。
ただ、好きな女のために爵位が欲しいという話をしたら、俄然家族が沸き立って、余っていた「ユベール子爵位」を大喜びで渡され、遠慮なく足がかりにしたのだとか。めっちゃ恥ずかしいんだけど……。
「な、なんにせよ、ご家族と和解できたのならよかったです」
「うん、色々お互いに誤解が多かったみたいでね。俺が家に戻ると意を決することができたのも、カナメのおかげだよ」
「そんな。ヒースさんが頑張ったからですよ。……ところで、功績って何を上げたんですか?」
「えーっと、竜退治?」
「竜退治!?」
私は、あんぐりと口を開けてしまった。
この間開かれたばかりのオルクス公爵領の魔女のダンジョンを、最速で踏破したのが、ヒースさんたちのパーティらしい。
ちょっと待って、あそこ、S級で、難易度めちゃくちゃ高いって結論になったのに、そんな短期間で!?
やはり各エリアのボスが属性違いの竜で、それをたった半年足らずで倒してきたのだとか。
1体ですら苦戦する竜を5体も。攻略速度も相まって、それはそれはギルドも度肝を抜かれたらしい。
そりゃそうだよね。個体数はそこまで多くないものの、竜1体でも山里に現れれば災禍ってレベルだし。
おかげで、レアな竜の素材がわんさと手に入り、各種ギルドはウハウハ。ゼルさんとフラガリアさんの満面の笑みが、目に浮かぶようだよ。
踏破できる存在がいれば、魔素を定期的に減らすことができ、強力なダンジョンから魔物が溢れてしまう危険性も減った。
【狂乱の魔女】が、地団太を踏んだという噂もあるとかないとか?
加えて、竜に関する貴重な生の情報も得られ、竜を難なく倒せる存在がアイオン王国に属しているということで、軍事的にも外交的にもアドバンテージをとれ、大きく国に貢献することになったんだって。
そんなメリットばっかりな竜退治、もとい、ダンジョン探索の褒章として、ヒースさんが爵位を望み、国としても強者を抱え込んでおきたさ故の、満場一致の陞爵だったそうな。
これからは国に仕える伯爵の一人として、王国騎士団の一部隊長を任されるらしい。新設された遊撃部隊だって。まさしく、ヒースさんのための隊みたいだね。
「5属性の竜をそれぞれ討伐……ヒースさん、人間やめてませんか?」
「あはは。カナメってば大げさだよ。俺一人だけの功績じゃないし。それにね、カナメの力あっての物種だったから」
「……私の?」
はて、何かしただろうか?
心当たりがなくて、私は小首を傾げる。
「そう。ポーション類もだけど、特に魔石。グランツさん経由で、あれこれ魔石に付与を頼まれただろう?」
「あー! あれってそういう!?」
「ちょっとズルかったかもしれないけど、アレを使わない手はないよね」
なんか、やたらとグランツさんから、ピンポイントな魔法を刻んだ魔石のオーダーが入るなと思っていんだ。しかも、結構な回数。
ヒースさんからのご注文だったのか。納得。
「さすがに最後の古竜はめちゃくちゃ苦戦したんだけど、一発致命傷の息を喰らってあわや死ぬってところで、この石が俺を救ってくれた」
「それ……」
ヒースさんがささっと首元からのぞかせたのは、石の外れたペンダントトップ。それは、私が初めて作った盾の魔石のペンダントだった。
「うん。カナメが守ってくれたんだ。威力がとんでもなかったけど……」
あれっ。いい話のはずなのに、ヒースさんすっごい遠い目してるんだが……。