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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい
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116.元社畜と夜会・1




 私は、きょとんと目を瞬かせた。


 ……うん? もしかして、今告白をされました?


 私がおずおず窺うと、ディランさんはにっと笑った。隙のない強面だけど、やっぱり笑うと愛嬌がある。


「僕はね、ずいぶんと前から、君のことが好ましく、この上なく気に入っているんだ。こうして、素を晒してもいいと思えるほどに」


 ……じょ、冗談?

 今まで、何度か軽口めいて口説かれたこともあったし。

 と、一瞬戸惑うものの、ディランさんの表情はあくまでも真面目で。いつもの軽薄さは垣間見えない。

 何より、彼を取り巻く≪偽装(カモフラージュ)≫すらも取っ払っているのだ。彼にとっては、最上級の誠意で本気だろう。

 ……冗談言ってる顔じゃないわ、これはディランさんに失礼だわ。


 そう頭が理解すれば、感情は途端に身じろぎする。ぶわっと体温が上昇した気がする。

 すっごい恥ずかしいんですけど……!

 や、本当、恋愛経験値がなさすぎて、どうしたらいいかまるでわからない……!

 ディランさんは私の変化をしっかりと読み取り、満足げに喉を鳴らした。


「僕なら、カナメにあんな寂しそうな顔をさせない」

「ぐ……寂しそうな顔、していました?」

「自覚がないなら、なおさら(タチ)が悪いな。……どうだい? 僕なら十二分に君を守れるし、生活に不自由も、不安にもさせない。幸せにすると約束する」


 誘惑のような低い声が、私の心をくすぐる。握られた大きな手が、男の人を意識させる。

 ディランさんの視線は、とても優しい。私よりも年下なのに、もの凄い包容力を感じる。


 ディランさんの瞳に宿る灯のような熱は、恋とは呼べずとも愛とは呼べるものかもしれない。穏やかなものだ。

 だからかな、少しだけ、動揺が落ち着いた。

 ……きっと、ディランさんなら、私のことを大切にしてくれるだろう。暖かく見守ってくれるだろう。優しさで包んでくれるだろう。


 でも、私はもう知ってしまった。

 手放したくないと思うほどの、ぬくもりを。熱を。


 しゃんと背を伸ばした私は、一度息を吐いてから、じっとディランさんを見つめた。こういうの、慣れてなさすぎて、眉根は下がってしまった気がする。

 だけど、その真摯さに、きちんと応えたいと思ったのだ。


「……ごめんなさい」

「僕じゃ、ダメかな?」

「ディランさんがダメなんじゃなくて、私がヒースさんじゃないとダメなんです」


 私のきっぱりした声音に、ディランさんはくくっと喉を鳴らして、両手を挙げた。


「残念。知ってはいたけど、僕の割り込む隙はなさそうだ。カナメと一緒なら、楽しい毎日を送れただろうに」

「私のことを好ましく思ってくれて、ありがとうございます。気持ちは凄く嬉しかったですよ」

「はぁ……。カナメとヒースさんが、焦れったくしているのが悪い。ついついちょっかいを出したくなる。僕だからよかったものの、そんな可愛い笑顔でフった男に気を持たせる真似したらいけないよ?」

「それは……すみません?」


 ディランさんが、やれやれと肩を竦める。

 てか、何で私が説教受けているんだろうね?そりゃあ恋愛偏差値は底辺ですけど……。どうしてそれで気を持たせる流れに受け取られるのか。え、私が悪いの??さっぱりわかんなくて、しきりに首を傾げてしまった。


「全く、見てて飽きないんだけどね。こんなことを言った手前でアレだけど、今後も僕と変わらぬ付き合いを続けてくれると嬉しいんだが」

「それはもちろん」


 私としては、ディランさんとこれっきりになるつもりもなかったですし。

 逆にディランさんの方こそ、嫌じゃないのかなと様子を窺えば、何やらスッキリした顔をしているので、これ以上踏み込んではいけないのだろうなと察する。


 ていうか、告白されたはずなんだけど、引き際があっさり過ぎて私もびっくりだよ。あらかじめ、この結果がわかっていた、みたいな。

 ディランさんらしいといえば、らしくもあるし……。

 何というか、やっぱりディランさんの本心は、私には不透明で複雑で難解だ。


 ディランさんの≪偽装≫は、いつの間にやら再展開されていて。うん、この妙な違和感あってこそディランさんだ。

 いつもと変わりない彼の様子に、私はほっと胸を撫で下ろした。


 ……ちょっとだけ、素のディランさんにドキッとしてしまったことは、墓場まで持っていきます。






* * *






「わぁ……!」


 ディランさんのエスコートを受けながら入った王宮のホールは、贅を凝らしていて、きらびやかで華やかだった。アイオン王国の威光を、これでもかと表している。ファンタジー漫画とかで見たアレだ!

 夜会に訪れている貴族の方々も、みな美しく着飾り眩い。紳士淑女ばっかりだ。

 ていうか、お嬢様方のドレス姿、本当に可愛いよ~。目の保養が過ぎる。多少お茶会とかで慣れたかなとか思ってみたりもしたけれども、破壊力がダンチだ。


 いかん、私ってばめちゃくちゃ場違いじゃない!?

 きょろきょろとお上りさん丸出しの私に、ディランさんが小さく吹き出した。


「っくく、カナメ、腰が引けてるじゃないか」

「だ、だって仕方ないじゃないですか……! 私、基本的に庶民なんですよ!?」

「またまた、名門シュヴァリエ侯爵家のご令嬢が何を仰る♡」

「や、やめれ~! 揶揄(からか)うのはやめれ〜!!」

「ははっ、カナメはそのままでいいんだよ」


 そんな風にディランさんとこそこそ話をしていると、女性からの視線が恐ろいことになっているのに気づいてしまった。ひえっ、なんかひそひそ言われている気がする。「オルクス公爵子息様とご一緒の方、どなた?」「シュヴァリエ侯爵家の養女の方のようよ」「まあ、では例の元平民ですの? 身の程を知らないのかしら」「わきまえていらっしゃらないのね」とか、地味にアレな会話が耳に届くんですが。


 まあね、私が国家に保護を受ける『界渡人(わたりびと)』だというのは、半端に隠している分、貴族の当主の方々や、実際≪調律(ヴォイシング)≫を受けたご家族くらいしか知らないしね。

 事情を知らない人からすれば、よくわからない平民が急に高位貴族の養女になって、ディランさんに擦り寄ってる風に見えるんだから、そりゃあ眉を顰めたくもなるだろう。マナーだって、取り立てて綺麗にできているわけじゃないし。


 ディランさんが口角をあげつつ威圧してくれたから、お嬢様方は顔色を青くしてすぐに散らばったので、大した被害はないけれど。うーん、頼もしい。


 私は、そんなディランさんをちらりと見上げる。

 てか、ディランさんって、普通に考えてモテるよね……?

 公爵家次男、オルクス騎士団団長、強面気味だけどすらりとしたイケメン、愛想よし、会話もウィットで、しかも婚約者なし。

 うん、ステータス軽く並べただけでも超優良物件だわ。胡散臭いけど。逆に、これで何で婚約者がいないんだ?

 追い払っても、ディランさんへの秋波が方々から飛んできているのを、ひしひしと感じるよ。肩身が狭いったら!


「カナメ様! よかった、いらっしゃった」


 ひえーと内心で恐々としていると、ふいに声をかけられた。

 そちらを振り返って、私は目を大きく見開いた。


「あっ!?」

「ノーエン伯爵家が長男、キシュアルア・ノーエンでございます。お元気でしたか、カナメ様」

「お久しぶりです。ノーエン伯爵家が長女、アルアリアでございます」


 キシュアルアくんとアルアリアさんが、にこっと笑って挨拶をしてくれる。

 例の連れ去り事件の時に縁ができた子たちだけど、今は文通していてすっかり仲良しなのだ。


 わざわざ改めて名乗ってくれたのは、初対面のディランさんがいるからだろう(実のところ初対面じゃないけどね。ディランさんも、しれっと初めましてなんて挨拶していた)。

 懐かしの顔ぶれに、わあっとはしゃぎたくなる気持ちを抑え、私も微笑みを返す。淑女、淑女らしくね。


「お二人とも、お久しぶりです。そちらこそお元気でしたか? アルアリアさんの顔色も、かなりよくなりましたね」

「はい。カナメ様のおかげで、すっかり。こうして念願の夜会に出ることもできました。本当に本当にありがとうございます! 身体が軽くて、毎日がとっても楽しいんです」

「こら、アリア、落ち着かないか」

「だって、兄様……!」

「ふふ、アルアリアさんが元気で何よりですよ。こちらこそいつも特産物とお手紙をお送りくださり、ありがとうございます。ノーエン伯爵家の酪農品はいつも新鮮で美味しくて、料理のし甲斐があります」

「それは何より。カナメ様に我が領の酪農品を気に入ってもらえて、嬉しいです」


 頬をバラ色に染めて、ちょっと浮かれ気味のアルアリアさんをどうどうと窘めつつ、キシュアルア君が穏やかにはにかんだ。

 おお、キシュアルア君、ツンツンが取れて丸くなったなあ。アルアリアさんと並ぶと、対のお人形さんのようでとってもかわいい!


 あの事件の後、キシュアルア君はかなり厳しく再教育されたらしいけれども、きっちり成果が出て、見事貴公子然としている。

 うーん、子供の成長って早いよね。男子、3日会わざれば刮目して見よっていうくらいだし。

 元々、私の誘拐もアルアリアさんを思っての暴走だったからね、根は真面目なんだよ。


 ちらりとアルアリアさんを魔力視をしてみれば、魔力の流れも綺麗だし、きちんと経路(パス)を循環していて、枯渇の心配もなさそうだ。うん、ちゃんと魔石を使って補給できているみたいでほっとする。

 16歳ともなると、私からすれば一回り近く年下の子なので、親戚の子供でも見ている気分でほんわかしてしまうね。


 お互いの近況報告をしつつ、よい夜会をといってノーエン伯爵家の2人とは別れた。


「よかったねぇ、笑顔を見られて。ま、やり方は間違っていたにせよ、しっかり反省もできたようだし」

「ええ。幸せそうな姿で、こうして挨拶に来てくれるの、嬉しいですね」


 魔力の瑕疵に苦しんでいた子たちが救われて、元気に輝かんばかりに笑っていられる姿は本当に眩しくて。

 私とディランさんは、初々しく夜会の雰囲気を楽しむノーエン伯爵家の双子ちゃんを見送りながら、思わず頬を緩めてしまった。




今年最後の投稿です。

閲覧ブクマ評価本当にありがとうございました。

1月中に完結しますので、最後までお付き合いいただけますと嬉しいです。

次回は年明け2日更新予定です。

みなさま良いお年をお迎えください。



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