115.元社畜、エスコートを受ける
さて、夜会当日。
鏡の前では、ぺかーっと輝いた私が立っていた。若干、既に疲れ気味の顔で。
侯爵家の侍女さんたちの手腕、相変らずぴか一である。その分、朝からずーっとお風呂だのオイルマッサージだのお化粧だのヘアメイクだの、朝も早い時間帯から全身全霊で磨かれまくりましたけどね。次第にチベスナ顔になってしまったよね。
以前、王城に上がったときは、お客様だったから手加減をしてくれたらしい。晴れて侯爵家のお嬢様になった私に、侍女さんたちは容赦がなかった。
青紫から青緑へとグラデーションを描くドレスは、前に着た明るいドレスから一転大人びて、レースやフリルがついてはいるもののシンプルめのデザインで、控えめな光沢がとても繊細な一品。色合いもとても綺麗!
凄いな、ルルーシアンさんのドレス。平々凡々な私が着ても、着られている感じがしない。あれこれお着替えさせられたあの時間が、報われるというものだ。
装身具は、ユエルさんからこれねーと渡されたネックレスとイヤリングのセットを着けている。ヒースさんからもらった魔石のペンダントも可愛かったんだけど、今回のドレスの雰囲気にはちょっとあわなかったからね。
こちらもエメラルドと金をベースにしたアクセサリで、お値段いくらですか……と恐々としてしまいそうなほどの出来だった。
私からすると侯爵家の家宝か?と思えるような、豪勢でキラキラしいアクセサリだけど、ユエルさんはにこっと笑うだけだった。だから、恐いんだってば!
うん、でも侯爵家の方々のおかげで、それなりにご令嬢として見られる形にはなっている、かも?
「あら、見立て通り素敵だわ。カナメの雰囲気に、とても似合っている」
「えへへ、ありがとうございます。ユエルさんも、女神様みたいに綺麗です」
「ふふん。会場についたら、シリウスとのツーショも見てね」
「めちゃくちゃ楽しみです、目の保養が過ぎる」
ヒールの高さに内心でびくつきながらも下りた階段先のエントランスで、ユエルさんが手を振ってくれた。
おおおお、今日もユエルさんはお美しい。ボルドーのマーメイドドレスが艶っぽくて、男性陣なんてイチコロじゃなかろうか。
一人ですら絵になるユエルさんの隣に、氷系インテリ美人のシリウスさんまで添えたら、さぞかしゴージャスだろうなあ。想像だけでもマーベラスだよ。はぁあ、拝んでしまいそうだ。
宰相補佐として主催サイドに立つシリウスさんは、式典から既に王城に参じている。そのため、ユエルさんは1人で向かい、会場でシリウスさんと合流の予定だ。
そういえば、何も考えていなかったけど、私にもエスコートが必要じゃなかったっけ?誰が連れて行ってくれるんだ??
私が今更ながらにあれっと小首を傾げると、ユエルさんがにっこりと笑った。
「大丈夫よ。ちゃんと虫よけ、じゃなかった、カナメをエスコートしてくれる男性は、手配してあるから。そろそろ来るんじゃないかしら。少し待っていなさいね」
ユエルさんは意味深にウフフと笑って、「お先に~」と颯爽と侯爵家を出て行った。ピンヒールで軽やかに動けるの、凄いなあ。
というわけで、お迎えが来るまでの少しの間、エントランスで侍女さんと一緒に夜会のいろはを復習していると、やがて執事さんが1人の男性を通してきた。
茶の差し色を使った黒の礼装で、びしっとその長身痩躯を包み、髪は本日オールバックで撫でつけている。
特徴的な細く釣り上がった瞳が、楽しげに弧を描いた。
私は、思わず目を見開いた。
「やあ、待たせてしまったかな~? 申し訳ない」
「っ! ディランさん!?」
「改めて、今宵、カナメのエスコートを仰せつかった、オルクス公爵家次男ディランダル・オルクスと申します。久しぶり、カナメ。見違えるほど美しい姿に、一瞬見惚れてしまったよ」
流れるように口説き文句を口ずさんだディランさんは、私の手を取るとすかさず甲に口づけを落とした。ついでに、悪戯めいたウィンクも一つぱちりともらう。うーん、早業は相変わらずだ。
私も丁寧にカーテシーをして、ディランさんに挨拶を返す。カーテシーって、足の筋肉がものを言うんだよね。
「お久しぶりです、ディランさん。お元気でしたか? まさか、今日のエスコートがディランさんだなんて」
「あは、びっくりした? よもや、カナメとこんな会話をする日が来るとはねえ」
「本当ですね」
くすくすと、お互い顔を見合わせて笑ってしまう。
ダンジョン探索の後、オルクス公爵領で積みあがった仕事に追われ、ディランさんは相当忙しくしていたみたい。お兄様にこき使われたって言ってた。
そのかいあってか、あれよあれよという間にダンジョン開きがなされた通称【狂乱の魔女のダンジョン】は、高難度ではあるものの、珍しい素材が手に入ると賑わっているのだそうだ。風の噂で聞いただけだけどね。
最後にディランさんと対面したのは、半年くらい前。オルクス公爵領ギルドで販売するポーションを、大量納品してほしいって依頼があった時だったかなぁ。
シラギさん曰く、仕事をサボりたい、気分転換だーって無理やり飛び出して、魔女の家まで来たらしい。相変らず強行軍が過ぎる。追従するシラギさんが、大変そうだった。
やー、あの時はポーションの納期と調律の予約が被ってて、結構な修羅場だったよね……。
「さて、と。挨拶も済んだことだし、夜会に向かうとしますかね。さあカナメ、お手をどうぞ」
「はい。よろしくお願いしますね」
そうして、差し出されたディランさんの掌に手を重ねて、私は馬車へと歩き始めた。
* * *
公爵家の馬車、やっぱり揺れが少なくて快適で乗りやすいなあ。知ってた。
「そういえば、今日の夜会は、カナメの知っている人たちもちらほらいると思うよ。うちの家族はもちろん、マリー嬢とか」
「わ、それは楽しみですね! マリーとも都合がつかなくて、なかなか会えなくて。あっ、シラギさんの婚約者さん、見られますかね?」
「いるいる。無骨なシラギくんに似合わず、すっごい可愛い子なんだよ」
「ご結婚、まだなんですか?」
「やー、あはは……」
さっとディランさんが、都合悪げに視線を逸らした。
そんな風に、ディランさんと2人、馬車の中で他愛のない会話をかわす。
ふっと口をつくのは、ダンジョン探索の仲間たちのことだ。あの時も、公爵家の馬車に揺られていたからねえ。ディランさんは、1人エア・スケーターにはしゃいでいたけど。懐かしいなあ。
「……そういえば、ヒースさんから連絡あった?」
「ないですねえ。どこで何をしているんですかね?」
「……そう、か」
うん、まあ、そういう質問は当然来るよね。
早いもので、私たちが離れてからかれこれ1年が経つ。情報通のディランさんが、ひと気のなくなった魔女の屋敷の事情を知らないわけがないのだ。
ふむ、と、言葉を濁したディランさんに、私はちょっとだけ困ったように笑うしかなかった。
こういう時、いつもならディランさんの横にいるシラギさんがフォローしたりツッコんでくれるのだけど、珍しく2人だからそれもない。夜会に参加するシラギさんの代わりについた護衛の方は、妙な気を利かせて御者席に座っているし……。変な感じだ。
……なんだけど、ちょっとだけ違和感。というか、違和感がないのが違和感というか。
私が不思議な顔をしていたからだろうか。ディランさんが、くくっと喉を鳴らした。
「はは。カナメは面白いな。やはり、わかるんだね?」
少し落ちたトーン。間延びの取れた声。帝王のごときどっしりとしたオーラを纏い、柔らかかった雰囲気が、瞬時に鋭利になっている。
ちょっとだけコワモテなのに、お茶らけていて誰にでも愛想がよくて気の利いた、私がよく知るディランさんのことを。
――大人の男の人だ、と純粋に思った。
何も変わっていないはずなのに、決定的に何かか違う。仕草や表情一つとっても、がらりと印象が変わった。
……ああ、そうか。ディランさんが、自分のスキル≪偽装≫を解除している。
つまり、これが正真正銘、偽りのない剥き出しのディランさんそのものってことだろうか。
って、何で急に?
状況に混乱する私を前に、ディランさんは至極楽しげに目を細めた。
そうして、少しだけ身を屈めると、膝の上に置いていた対面の私の手を優しく握った。ガラス細工のように、慈しむように。
「カナメ」
ディランさんの声に、色が載る。私はびくんと肩を跳ねさせてしまった。
彼の鋭い視線には微かだが熱が込められていて、私を真摯に貫いた。
「いつまでもあの人が迎えにこないのなら、いっそ僕にしないか?」
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