112.元社畜は闇の系譜に連なる
最終章になります。最後までよろしくお願いします!
はてさて。
ユエルさんに迎えに来てもらった私は、すったもんだの末にシュヴァリエ侯爵家の娘になっていました。
……ナンデェ!?
「いやはや……人生って何が起こるか本当にわかりませんね……」
「私も結構波乱万丈だけど、カナメも相当よねえ」
「初手異世界転移してますからねえ……怖いものなんてないですよ」
「真理」
豪奢な家具に囲まれた広い部屋で、私はユエルさんと一緒に、改めてわっはっはとヤケクソ気味に笑いを漏らす。でも、心なし小声で。
というのも、私はちっちゃくてぱんぱんのおててを掴みながら、あぶあぶしている赤ちゃんを抱っこしてあやしていたからだ。
目の前の赤子はシリウスさんとユエルさんのお子さんで、シュヴァリエ侯爵家次期当主のご嫡男、ディーアくん御年6ヵ月である。お二人のいいところ取りをしたような、黒髪に紫の瞳を持つ、とっても愛くるしくて美しい赤ん坊だ。
色の特徴はシリウスさんだけど、顔立ちはユエルさん似。めっちゃ可愛いし、ふくふくしている。将来モテること間違いなしだね。
お名前はリオナさんによる命名で、ユエルさんが月に関係する名前を持っているからと、ローマ神話の月の女神ディアーナから取ったのだとか。リオナさん、意外にセンスあるのでは……?
てか、いずれリオナさんが私の手で還ることを知っていたユエルさん、リオナさんに名付け親になってもらうために妊娠したとか、なかなかにパワフルだと思います。
ダンジョンに潜る前、私と一緒にテント作ってる時、既に妊娠してたとか嘘でしょ……はちゃめちゃに動き回ってましたよ、この人。
「なんにしても、だいぶ元気が出てきたみたいでよかったわ。ここにきた当初、しばらく寝込んでいたものね。全く、リオナさんもヒースさんも、カナメをこんなに塞ぎ込ませて」
「その節は、大変ご迷惑をおかけしまして……」
ぷんぷんと頬を膨らませるユエルさんに対して、申し訳なさに頭を下げると、彼女はふふっと表情を緩ませた。
「いいのよ、貴女は私の義妹なんだから」
リオナさんとヒースさんと別れ、シュヴァリエ侯爵家にお世話になって、早1カ月ほど。
リオナさんとヒースさんとの別れのストレスか、シュヴァリエ家に着くなり、私は熱を出して寝込んだ。
シュヴァリエの皆さんは、それはそれは甲斐甲斐しく面倒を見てくださり、優しさにうるっときたものだ。
私的には保護対象の居候のつもりでいたのだけど、闇を司る家が、闇の女神の愛し子である私を見逃してくれるはずもなく。
シリウスさんとお父様の宰相様が根回しをしていて、いつの間にか養子縁組が進んで書類にサインしていた。な……何を言っているのかわからないと思うが以下略。
中枢にいて国を治めているインテリの巧みな話術、めちゃくちゃ恐い。マジで詐欺に引っかかった気分である。
貴族間の力関係で、『界渡人』である私の引き取り先に関して、どうやら一悶着あったらしいのだが(前に、元老院の狸がどうとかっていってたアレだ)、宰相様とシリウスさんがタッグを組んでねじ伏せたらしい。さすが眼鏡、強い。……物理的な意味じゃないよね?何せここ、武闘系宰相家なので。
つまるところ、シリウスさんは義理の兄であり、ユエルさんは年下だけど私の義理の姉になったのである。
そして、貴族の令嬢の称号を獲得したわけだ。
要するに、私、侯爵令嬢になってしまったのだ。
いやー、根っからの庶民に何が起きた!?と目を白黒させたよね。
養子縁組がまとまった後、めちゃくちゃ2人ににんまりとした笑顔を向けられたの、忘れられないですね。
とはいえ、私がやってることに変わりはない。魔石に付与を行い、薬を作り、時折≪調律≫する日々だ。
ちなみに、名前はカナメ・シュヴァリエになりました。日本名と仰々しい家名が、全く合わなすぎて笑える……。
ユエルさんから、一宮の苗字はどうする?って聞かれたんだけど、父の家の名だからと、潔く残すのはやめた。これで、私の気持ちもかなりさっぱりだ。
こんな得体のしれない『界渡人』にもかかわらず、宰相様、もといお義父様も私を歓迎してくれて、「お義父様」と呼ぶと、きりりと厳格に整った表情をでれっと崩してくれる。なんかユエルさんとは、また別の娘的感覚が生まれるらしいよ。
あいにく、シュヴァリエのお義母様は既に没しておられるので、お会いすることはできなかったが、まさか異世界に来て、義父と呼ぶ人ができるとはなあ。不思議な感覚だ。ちょっと照れくさいけれども、正直なところ嬉しい。
「やー、それにカナメがいてくれて、本当助かるし……。カナメの腕の中にいると、ぐーすか寝てくれるのよね、この子……。おかげで私も乳母も、ゆっくり睡眠がとれるわ……」
私がシュヴァリエ侯爵家に来た当初、ユエルさんは目の下にクマを飼っていた。
乳母を雇っていたものの、ちょっと気難しいところのあるディーア君は、夜泣きを繰り返し、なかなか寝てくれず、てんやわんやしていたそうな。
それがどうしてか私の手の中では、すこんと寝落ちしてくれる。「貴女が神か!?」って、ユエルさんと乳母さんに大感謝されてしまったよね。
「不思議ですよね。私、ディーア君に、ギャン泣きされたことないですもん」
「闇の女神の愛し子パワーか何かかしらねえ?」
マイナスイオンならぬ、愛し子パワー!?そんな不可思議な力が、私の肉体からほとばしっていたら怖いっていうね。
さっきまではちゃめちゃにグズっていたのに、私が抱っこしたら秒でスヤァしたディーア君をベビーベッドに寝かせて、私はさてとと立ち上がった。
「今日は、これからどこか出かけるんでしょう? ちゃんと護衛連れて行きなさいね」
「はーい。ちょっと闇の女神の神殿へ行ってみようかと」
「ああ、それはいいわね。まだ参拝してなかったのでしょう?」
そう。ユノ子爵領にいた頃は、地の女神セレスティの神殿や教会はあったのだが、闇の女神ノクリスの神殿には、ついぞお目にかかれなかったんだよね。穀物や野菜の生産を主としている大地だから、豊穣の神を祀るのはさもありなんなんだけど。オルクス領都はいわずもがな。
王都なら各神々の神殿があり、己の信奉する神の神殿に巡礼しやすい。
というわけで、ようやく慌しかった身辺も少し落ち着いたことだしと、今更ながら参拝に行こうと思ったのだ。
決して忘れていたわけじゃない、決して。
あと、シュヴァリエ侯爵家に来て、目を疑うようなことがあったから、神官様に確かめられる術があれば……という気持ちもなきにしもあらず。
「ナイスタイミングね。女神に、うちのディーアを寝かせてくれてありがとうございましたと、感謝を捧げておいてね」
「切実が過ぎる……」
本当にこれが女神パワーゆえんなのかどうかは、謎であるが……。
そう言って、ユエルさんは奉納品をたんまりと持たせてくれた。まあ、闇の女神の神殿なんて、シュヴァリエ侯爵家からしたら、ある種の総本山みたいなもんか。
一応対外的にはお嬢様になってしまったので、お付きの侍女さんと護衛さんを引き連れて、私は馬車でのんびり神殿へと向かう。
一度ユエルさんと一緒のところを襲撃されたことがあるから、護衛さんも必須なのだ。
その時は、魔女の死を知った他国の貴族が、私を拐うべく仕掛けてきたらしい。ただ、ユエルさんのおかげですんなり解決したけどね。
てか、ユエルさんの魔法無双が凄すぎて、確かにリオナさんもヒースさんも後ろ盾に推すはずだと、妙な納得をしてしまった。
侯爵家から神殿まで、大体1時間程度の道のり。うう、エア・スケーターが恋しい。馬車、結構ガタガタした揺れが腰に響くのよね。
闇の女神の神殿っていうから、てっきり外壁が黒々しかったり?とか考えていたのだけれども、ようやくたどり着いたそこはパルテノン神殿みたいな白亜だった。ところどころ、差し色に象徴色の紫や黒が使われていて、なかなかに荘厳な雰囲気がする。
神官様にお布施と奉納品を預け、私は祈りの間とやらへと連れていかれる。
そこには、闇の女神を模したと思しき像や、神話を描いた絵画などが飾られ、色とりどりのガラスがはめ込まれたステンドグラスが、陽を受けてきらきらと輝いていた。静けさに包まれ、とても神秘的な光景だった。
祭壇の前に跪き、私は両手を組んで、感謝の祈りを捧げる。
(闇の女神様。ご挨拶が遅くなってしまいましたが、私をこの世界に連れてきてくれて、本当にありがとうございました)
右も左もわからなかった異世界転移当初は、混乱も多かった。
けれども、リオナさんとヒースさんに出会えて、たくさんの人からあたたかさや優しさをもらえて、『マリステラ』に来られてよかったと、心から思えた。
相変らずどうして私が愛し子なのかとか、わからないことはまだまだあるにせよ、私がこの世界で生きていく上で、不便なくやってこられたのは、闇の女神の加護のおかげだ。
私がお礼(もちろん、ユエルさんの切実なお礼も一緒に)を伝え終わって目を開くと、ただでさえ静かだった部屋が、さらに静かな感じがした。
外からのかすかな喧騒ですら一切ないし、空間が……真っ白?
……って、あれ、なんか目の前の像が光ってない?
そう思った瞬間、私の耳に突如声が響いた。
「来るのがおっそーい!!」
何故か怒られたんですけど!?
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当作品は1月中に本編完結、いくつか番外編更新を予定しています。のんびりお付き合いいただけますと嬉しいです。番外編ストック作成と見直しが終わったら、少し投稿ペース上げられると思うのでお待ちください!
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