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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい  作者: 綴つづか
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11.気に入られる社畜



 一体何が彼の琴線に触れてしまったのか。

 収納鞄(アイテムボックス)に狼狽える私が、そんなにおかしかったか。

 挨拶とはいえ、物語の王子様みたいなことをされてしまって、うっかりときめきそうになったのは秘密だ。破壊力が高いんだから仕方がない。


 それにしても、オルクスとな。

 聞いたことがある。確か、ヒースさんがこの国の成り立ちについて簡単に教えてくれた時、耳にした近隣の貴族の名前だ。

 建国より王家に忠誠を誓う、地のオルクス。アイオン王国北の広大な領地を統べる、3大公爵家の一つ。

 ヴェルガーの森があるユノ子爵領のお隣に位置する大貴族である。要するに、偉いところのご子息だ。


「……要、と申します。ディランダル様」

「おや、警戒されてしまったかな? カナメ。珍しい響きだけど、キミに良く似合っている可憐な名だね」


 か、軽い! 見た目硬派なのに、性格は軽薄だ。

 ぱちんとウィンクをする姿も、様になっている。自分の顔の良さを分かってやっているな。リップサービスは、遠慮したいところなんだけど。

 というより、上級貴族と言われる存在なのに、こんなにフランクでいいのだろうか。うわー、なんか腹に抱えていそうでイヤだなあ。


「辺鄙なここは、刺激に乏しいだろう? どう、クラリッサで、僕と食事でも。キミのこと、もっと良く知りたいなぁ」

「お急ぎなのではないのですか、ディランダル様」

「ディラン」


 そもそも、納品は至急って話じゃなかったっけ。ナンパしている場合じゃないのでは。

 やんわりと手を引いてみるものの、がっちり抑えられて離してもらえない。

 困惑の眼差しで見上げるが、にっこりと笑顔で封殺される。押しが強いなこの人。


「…………………ディランさん」

「うん。堅苦しくなくてよろしい。愛らしい声に名を呼ばれて光栄だ」


 へらり、とディランさんの顔が緩む。

 それだけは、不思議と、嘘偽りのない微笑みのように思えた。

 そんなやりとりをしているうちに、天の助けとばかりに、母屋に通ずるドアがバンと開き、不機嫌げなリオナさんが姿を現した。


「ちょっと、何でアンタが直々に来ているのよ、ディランダル・オルクス! 何気なく窓から外を見たら、アンタの副官がいたから、びっくりしたじゃない!!」

「やっほー、魔女サン、久しぶりぃ。フルネーム呼びやめてってば、カナメが真似したらどうするのさ。いやぁ、無理に急ぎの仕事突っ込んじゃったから、ここはやはり統括たる僕が、感謝と詫びをかねて馳せ参じた次第。おかげでこっちも助かったよ」

「感謝と詫びで、私の教え子口説いてんじゃないわよ。ほら、しっしっ」

「ええ~!? 可愛い子を口説くのは、紳士の義務だって」


 強引に割り入ってくれたリオナさんのおかげで、ようやくディランさんの手から解放される。

 よかった、貴族なんて本気でどう対応したらいいのかわかんなかったし。

 あっちにいけとばかりに眉を顰めて、リオナさんは鋭く手を振った。犬か。

 上級貴族に対しても、リオナさんの扱いの雑さは変わらない。

 ディランさんは、苦笑交じりに肩を竦めた。


「どういう風の吹き回しよ」

「その言葉、そのままそっちに返すよ。気になる≪予兆(オラクル)≫が降りてきてね。わざわざ足を運んできてみたけど、いやはや、魔女サンの同居人で教え子とは興味深い。それに、随分と魔女サンに雰囲気の似ている子だ」

「ああ……もう、何もピンポイントで……。だからアンタ嫌いなのよ」

「まあまあ、そう言わずにさ。ほら、領地で取れたキミの好きな葡萄酒(ワイン)、お土産に持ってきたから。頑張ってくれたおかげだよ、魔女サン」

「ちっ……。店に入ってこられた時点で、アンタに悪意がないのはわかってはいたけど……何か悔しいわね」

「うわぁ、リオナさんのことをよくわかっていらっしゃる」

「でしょ」


 額に手を当てたリオナさんに向けて、ディランさんがどどんとカウンターの上に載せたのは、5本の酒瓶。

 賄賂だ賄賂だ。リオナさんの大好きなお酒だ。しかも高そうなヤツ。


「これから僕は、討伐を名目にした斥候に出るわけで、雪が融け始めて徐々に獣害も増えてきたし、例年通りこの時期はしばらく家を留守にしなければならないんだ。そう警戒せずとも大丈夫さ」

「西側? キナ臭いわね。東がようやく収まったと思ったら」

「そ、そ。今日は元より顔見せ程度のつもりだった。だから安心して? 誓うよ」

「アンタが一番油断ならない存在なのよ」

「はははっ、褒め言葉だね。じゃあ、部下も待たせていることだし、魔女サンの機嫌を損ねないうちに、僕はこの辺で失礼するよ。可愛いカナメ、また会おうね」

「はぁ……ありがとうございました」


 二人だけで通じる会話を交わして、私にひらひらと手を振り、踵を返すディランさんに、そっと頭を下げた。またのご利用をお待ちしております。

 性格がややアレでも、大事なお得意様だ。ポーション類約500本まとめ買いって、そうそうないだろう。


「貴族なのに、随分気安い人ですね……。てか、凄い、雰囲気がちぐはぐすぎて、気持ち悪い……」

「あっはははは、アレを気持ち悪いって見抜けるなんて、アンタ小気味いいわね。スキルのせいかしらね。あんなんでも、表向きはオルクス公爵領私設騎士団の団長なのよ。ブルーグレーの軍服に、茶の差し色がその証ね」


 茶は、地のオルクス公爵家の色なんだとか。


「表向き……ってことは」

「そ。オルクスの裏の顔は、代々王家の影であり、監察官。ディランダル・オルクスは、斥候や諜報を得意とする、折り紙付きの実力者よ」


 ちょっと待ってください。そんなヤバい内容、世間話的な感覚で教えないで欲しい。

 リオナさんがさらりと暴露した情報は、想像以上に凄いものだった。道理で。

 私が『界渡人(わたりびと)』だってバレたかな。いや、でもどうだろう。


「しっかし、まさかアイツが顔を出してくるとは。……アンタが面倒なのに目を付けられるのは、最早天命かもしれないわね」

「嫌なこと言わないでくださいよ……」


 異世界転移をして早々、妙なフラグを立てる真似は、切実にやめて欲しい。



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