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108.薬の魔女、かく語りき・3




 そんなこんなで結局絆された私は、恋人というよりは既に熟年夫婦みたいな距離感で、近年にないくらい充実したマグノリアとの2人暮らしを満喫していた。

 気恥ずかしさみたいなのは互いにあったけれども、家族みたいな感じでずっと長らく暮らしてきたからね。


 宣言した通り、マグノリアは私に様々な思い出をくれた。

 引きこもりで出不精な私を引っ張り出して、近隣に連れ出しては綺麗な景色を見せてくれたり、クラリッサの街に連れ出して買い物をしたり、遠方からの依頼で豪勢な旅としけこんでみたり、一緒に研究に打ち込んでみたり。

 孤独ではない賑やかな日々は、どこか人として凍てついていた私の胸を大いに満たした。


 魔女なんて関係ない。一人の人として、マグノリアは素の私を見てくれた。だから、肩肘張らずに、居心地がとてもよかったのだろう。

 寿命という隔たりで、いずれ別れがくるとわかっていたとしても、寂しさよりも楽しい思い出をと、マグノリアは私の心のアルバムをたくさん埋めてくれた。

 本当に、私の人生で一番穏やかな毎日だったのだ。


「……完成した! できましたよ、師匠!!」


 マグノリアは、綺麗な水色に染まったビーカーを掲げながら、きゃっきゃとはしゃいでいた。私はそれを呆れ混じりの目で、しかし純粋に目覚ましい成長っぷりに感心する眼差しで眺めていた。


 これは、マグノリアの執念だ。

 私が錬金術でぱぱぱっとこなしている高品質な調薬工程(プレパレ)を、全て≪鑑定(アナライズ)≫スキルで丁寧に解析し、再構成して改善を入れ、私以外にも作れるようなレシピを作ってしてしまったのだ。

 多少難易度は高いものの、今よりずっと味と効能の高いポーション、いわゆるマグノリア・ポーションの作り方が生まれた瞬間である。


 まあ、錬金術を使った調薬の際、私が擬音混じりの感覚的な伝え方をしたせいで、宇宙でも背後にまとわせていた微妙な顔をしていたことが、マグノリアのチャレンジ精神に火をつけたわけなんだけど。

 鑑定のほうが錬金術よりもポピュラーなスキルだし、薬師本人が使えずとも、鑑定ならば分業も可能だ。多少調薬の精度は落ちるにしても、ね。錬金術師って、本当に少ないし、変人多いからねえ……。

 錬金術で、わざわざ何で薬作ってんだよってツッコんできたのは、【強欲】だったかしら?


 各種ポーションの壊滅的だった味覚の改善は、私とマグノリアの共同で少し前に行い、ギルド統括やら冒険者やらに泣いて喜ばれたが、マグノリアの手腕は更にそれの上を行った。


「やー、まさしくマグのしつこさの結晶だわね……」

「師匠が作れる薬を、僕が作れないっていうのは、弟子として看過できませんでしたからね」

「だいぶ改良入ってるけど、少しだけ効能上がってるし、凄いわねえ、アンタ。私もこっちのレシピで作ろう」


 素直に褒めれば、マグノリアはふふんと得意げに笑って胸を張った。

 おーおー、すっかり薬師としていっちょ前の貫禄が出てきたわね。でも、こういうところは、今も昔も変わっておらず少し子供っぽい。





 マグノリアの想いを受け入れてから、早いものでかれこれ10年が経過した。


 30になったマグノリアは、年下という感じをさせず、深みと頼りがいのあるいい男に成長したので、私もまんざらではない。外見年齢は、すっかり逆転したしねー。

 薬師としての実績も着実に詰み、私の想像をはるかに超えた手腕を見せつけてくれる。

 私の弟子として恥じないようにと、マグノリアは常に自己研鑽を積んでいる。常にだらだらしていたい怠惰な私から、どうしてこんな几帳面な弟子ができたのだろうなと不思議なくらいだ。


 マグノリアはこれらポーションの改善の功績で、見事男爵位に叙爵され、晴れて貴族の一員となった。私の弟子という肩書きも大きく作用したのだろう。アイオン王家は、私という魔女を、界渡人(わたりびと)を大事にしてくれていたからね。

 そうして、意気揚々と褒賞としてもらってきたのが、この森の一角の土地という何とも微妙なものだった。マグノリアが自ら欲したというのだから、呆れてしまう。


「何でまた、こんな酔狂なところを……」

「師匠が住んでいるからに決まっているじゃないですか」


 この森はユノ子爵領の一角なのだが、気の良いユノ子爵は快く譲ってくれたらしい。まあここ、税金がとれるわけじゃないし、【嘆きの魔女】の眠る嘆きの森に繋がっていて魔物もいるし、政治的な判断として割譲しても問題なかったわよね。むしろ喜んで押し付けられた疑惑。


 というわけで、地方名で呼ばれていた森の名前を取って、ヴェルガー男爵が誕生したわけだ。


「師匠の弟子ということで、名前が売れて嬉しいですけど、師匠あっての僕ですからね」


 名声も実力もある薬師ということで、方々の貴族からお抱えにならないかというお誘いがひっきりなしに届いてけれども、マグノリアは一切目もくれずそう言い放った。

 ううん、青臭いし照れ臭いな。でも、マグノリアらしくて、私ははにかんだ。




 幸せな日々は、ずっと続いていくものだと思っていた。

 けれども、そんなささやかな幸せが、長続きするわけもなかったのだ。


 ストイックに薬の開発、改良に勤しみ、私の世話を甲斐甲斐しく楽しむマグノリアは、多分頑張りすぎたのだと思う。


「……マグ?」


 ある日、作業室で倒れたまま、マグノリアは帰らぬ人となった。

 私が、ちょっとした依頼に出かけた最中のことだった。

 私が戻ってきたときには、その身体はすっかり冷たくなっていた。年甲斐もなく徹夜で研究に打ち込んで、楽しそうに成果を私に披露してみせた矢先の出来事。


「師匠、道中気を付けてくださいね。珍しい薬草があったからって、ふらふらしたら駄目ですよ!?」

「アンタこそ、ちゃんと寝なさいよ。全く、子どもみたいなんだから」

「あはは。大丈夫ですよ、ちゃんと休みますって。行ってらっしゃい。師匠の帰りを待ってます」


 なんて、朝食を食べながら会話をして。最後の最後まで、マグノリアは私のことを心配していたのに。独りで逝かせてしまった。

 人と魔女とは、そもそものつくりが違う。人は簡単にその命を散らしてしまう。無理がたたってそのまま……なんてありふれた別れ、想像できたはずなのに。

 わかっていたつもりでも、どんどん老いていくマグノリアと一切変わらぬ私から、私は目を逸らしていたのだ。


「マグ……マグノリア……ごめん、ごめんなさい……」


 しんと静まり返った室内は、明るさも温かさも伝えず。

 閉じた瞳は、恋情混じりの熱く激しい熱量を返してはくれない。

 私はマグノリアの横へ、崩れ落ちるようにして腰を落とした。


 無力な……。魔女なんて、ご大層な肩書きも、何の役にも立たない。


 私の頬を、熱い涙が伝う。こんな熱を自分が持っているだなんて、知らなかった。たった数十年ぽっちの暮らしの中で、全部全部、マグノリアが教えてくれた感情だった。

 瞳を閉じれば、優しく笑うマグノリアの顔が浮かぶ。師匠と私を呼ぶ暖かな声が、耳にリフレインする。マグノリアの思い出は、ほんのわずか私を満たした。


 でも、マグノリアはもういなくなってしまった。

 私は、マグノリアのいないこの先の生に、耐えられるのだろうか。思い出だけで、飢えずにいられるのか。

 こんなにも、胸にぽっかりと穴が開いてしまったのに。空虚を抱えてしまったのに。

 ……酷いわ、マグノリア。

 貴方の温もりを知らなければ、ずっと私は薬のことだけを考えて、長い年月を飽きながらものんべんだらりと生きていく冷たくも怠惰な魔女でいられたのに。



 そうして、私は強く強く望んでしまった。

 ――いつか、マグノリアと同じ場所に還る日を。





* * *





「リオナさんが……界渡人の元聖女……?」


 静かに語られたお話は、リオナさんとマグノリアさんが出会って別れた、数十年の日々。人にしては長く、魔女にしては瞬きの間の出来事。

 その中で明かされた真実に、私とヒースさんはただただ息を呑むことしかできない。

 なんて声をかけたらいいのかも。どう受け止めていいのかも。

 この短い間では、難しかった。

 ただ一つだけわかるのは、この『お祝い』は、私のためだけでなく、リオナさんのためでもあるということだ。


 おずおずと視線を合わせた私に、リオナさんはまるで肩の荷が下りたとでもいわんばかりに、優しく笑いかけた。


 ――それは多分、世界で一番美しい微笑みだった。





「ねえ、カナメ。――貴女が、私を()して?」





本筋にそこまで関連性があるわけじゃないので過去編は駆け足気味になりましたが、ようやくリオナさん周辺の目的を書けました。ここまで長かった…!


ちなみに聖女の他、魔女同士でも殺し合いをして還すことができますが、魔女たちは基本停滞した関係で、互いのことはノータッチです。唯一、ユイだけが、因縁のある強欲の魔女を屠るつもりで活動しています。


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