103.元社畜と魔女のお買い物・2
ケースからしてとても瀟洒で、特注品だということがよくわかる。
なんだろうと私が興味を引かれていると、リオナさんはケースをぱかりと開けた。
「わぁ……綺麗!」
中に収められていたのは、細かな模様が彫られた銀色の美しいバングルだった。細身のデザインで、細工の中央に小粒の赤い宝石が埋め込まれており、とってもお洒落だ。女性ウケよさそう。ちらりと見ただけでも、精巧でずいぶん手間暇のかかった一品だとわかる。
「うん、素敵。いい仕事してくれたわね」
リオナさんはバングルを手に取って軽く眺めると、目を細めた。
「要、手を出して」
「え?」
「これはアンタに」
促されるがままに手を差し出すと、リオナさんがバングルを装着してくれる。
「ぴったりね。似合うじゃない」
「おお、いいな」
「……」
私のために、わざわざアクセサリを?どうしてまた急に?いや、嬉しいけれども。
ちょっとした戸惑いもありつつ、言葉もなくバングルをよくよく見れば、その模様は木蓮。リオナさんがわざわざポーション瓶に利用して、モチーフにしている図柄だった。小粒の宝石はガーネットで、リオナさんの瞳を思わせる紅。
「これ……」
私が呆然としていると、グランツさんが吹き出すのをこらえるかのように含み笑いをした。
「っはは。ここいらでは、自分の弟子や教え子には、工房のマークの付いたアクセサリを贈るのが一般的なんだよ」
「あーもー、わざわざ補足しないでいいわよ。まあ、アンタもすっかり薬師が板についてきたみたいだし?」
照れくさそうな態度で、リオナさんがそっぽを向く。耳が少しだけ赤い。
「とかなんとかいいながら、こっそりと気合入れて作ってたんだぜ、魔女殿。こだわりすぎたせいで、かなり時間かかっちまったくらいには」
「あっ、こら、グランツ!」
「素材は魔銀一択だわ、デザインは複雑だわ、技術者がちょっと泣きが入るレベルで何度もリテイク出すわ……」
「魔銀!?」
「おう。素材の選定からもうてんやわんや。大事にされてんな、カナメ」
にやにやと愉しそうに、グランツさんがバングル製作の内情をバラしてくる。リオナさんが猫みたいに睨んで威嚇しているけど、どこ吹く風だ。強い。
ファンタジーでも一般的な鉱物ではあるが、ミスリルは魔力が通しやすく、かなり値の張るレアな素材である。流通してはいるものの、主に武器や防具の製造に流れるのがほとんどで、手に入れるにも結構大変だったはずだ。アクセサリの受渡に、冒険者ギルドが噛んでいるのはそのせいかも。
ミスリルは、魔除けにもなると言われている、祝福された鉱物だ。
気合が入ったとか、時間をかけたというのも、グランツさんの誇張ではないのだろう。バングルの繊細な模様の美しさは、うっとりと見惚れるほど。私が知る限りだけど、こんな彫り物見たことがない。いや、本当どれだけ彫金師さんを酷使したんだってレベルの出来だ。
バングルに咲いた、リオナさんの代名詞みたいなマグノリアの花。自分は真実リオナさんの教え子だと、改めて実感できる。
私のために作ってくれたアクセサリ。胸にじんと熱がのぼる。自然と顔が緩んでしまうのは、仕方ないだろう。びっくりサプライズなんだから。
バングルに指を這わせて、私はにへらと微笑んだ。
「ありがとうございます、リオナさん! すっごく嬉しいです」
……ツンデレと思ったことは、心の中に秘めておこう。
* * *
グランツさんに揶揄われて、ちょっとばかしリオナさんのご機嫌が下がったものの、私とヒースさん最近一推しのごはん屋さんに連れて行って、美味しい食事を食べたら持ち直した。
「いやはや、あのいかつい店主からあんな繊細なデザートが出てくるとは……」
「面白いですよね! デザートもさることながら、ホロホロ鶏のコンフィが絶品で」
「マリネも、レバーペーストも、キッシュも美味しかったわ。酒に合うメニューばかりで、最高っ」
リオナさんは、ちょっとほろ酔いだ。エア・スケーターの運転があるから私は飲んでないけど、リオナさんは昼からがっつり葡萄酒入れちゃったもんね。2人して大満足。たらふく食べちゃった。メニューに誘惑が多くて困っちゃう。
食事にあんまり興味ないリオナさんも、機嫌が上昇するくらいには口に合ったみたい。
大通りからちょっと外れた場所にある、こぢんまりとした飲み屋っぽいお店なんだけど、知る人ぞ知るって感じで私は好き。大衆食堂に比べると、価格帯は若干お高めなんだけどね。その分静かな店内の雰囲気も、マスターの人柄もよくて、ここ最近クラリッサに来るたびに、ヒースさんと通い詰めていたのだ。リオナさんにも味わって、気に入ってもらえて良かった!
やっぱり、たまに外食するのいいよねえ。自分じゃ作れない美味しいものを食べられるっていうの、最高に贅沢。
特にケーキ系デザートは、私の場合、素人の域をまだまだ出ないし。チーズケーキとパウンドケーキくらいしか焼けないもん。
普段であれば、一人か、ヒースさんと一緒に歩く市場や商店を、リオナさんと一緒に見て回る。
あちこちで「お久しぶり、魔女様!」「お、今日は魔女様がふらついているからラッキーだぞ!」と珍獣みたく声をかけられ、なんやかんやとおまけをもらう率が高いのは、リオナさんがクラリッサの善き隣人であるからだろうか。「先祖の代から面倒みてるしね」とは、年季の入ったお言葉である。実際、流行り病が起きるたびに、リオナさんの調薬がひっそり活躍していたらしいので、さもありなん。
「いつの間にかこんなお店ができたなんて、引きこもってばっかりもよくなかったわね」
リュウさんのお店で調味料を仕入れている時なんて、物珍しさからか、リオナさんは凄く真剣に商品を吟味していた。このお店、市場にはない商品が色々売っているものねえ。私もいつもお世話になっています。リュウさんは、魔女の登場にビビっていた。
そんな風にあちこち気になるお店に連れまわして、リオナさんと一緒にショッピングを楽しんだ。
バングルをもらったから、お礼に私からもリオナさんに似合いそうなピアスを贈ったり、屋敷のお茶請けを選んだり、魔道具店で調薬の時に利用したい魔道具をああだこうだ吟味したり、屋台で果実酒と果実水をひっかけたり。
家族のような、姉妹のような、友達のような、そんな距離感での外出は久しぶりだったから。
はしゃぎすぎて、最後の方はリオナさんもちょっと呆れ気味の顔をしていたけれども、こういう外出はお互いに滅多にしないし、日本にいた頃だって私はしたことなくて、毎回新鮮すぎるので、目を瞑ってほしい。
本当、『マリステラ』にきてから、私は呼吸がしやすくなった気がする。
家族のことで鬱屈とした日々を送って、日本では当たり前に楽しかったことすら、私は放棄していたんだなと思うと、凄くもったいなかったんだなあ。
それもこれも、全部私の2人の保護者のおかげだ。
「はー。街なんてのんびりぶらついたりしないし、要と2人で出かけるの、楽しかったわ。疲れたけど」
「あははは、私も楽しかったです。いっぱい買いましたねー!」
「これはきっと、帰宅後のお酒が美味しいわね。よし、珍しく麦酒飲みたいから、買って帰りましょ」
「えー!? まだ飲むんですか!?」
「飲むわよぉ! アンタ飲んでないじゃない!」
両手に戦利品をたくさん抱えて、リオナさんの指先にある酒屋に向けて私たちは歩き出した。
連載して1年が経過してました。いつもご覧いただきありがとうございます!