100.元社畜ときゅうりとセロリのスープ
竜を倒したら、それで終わりというわけではない。何せ、竜は全身がレア素材の宝庫である。
解体班と調査班に分かれ、さくさくと後始末をしていく。
他の階層に比べると、ボス部屋は血の匂いにつられて敵が寄ってくるわけでもないので、警戒をしなくていい分楽だ。
ヒースさんとシラギさんが、風魔法や剣を使いながらえっちらおっちらと解体をし、マリーが水魔法でフォローしつつ、血液や体液や、解体の時に零れた鱗をせっせと集めていく。
さすがにこれだけ巨体だと、ただでさえ面倒な解体も一苦労だ。これ、全員の収納鞄に、素材やら肉やら、入りきるのだろうか?
ちなみに、私とディランさんは、ボス部屋の実地調査である。地味にこういった探索でのレポート作成が大変なので、≪鑑定≫持ちは重宝される。
そんな感じで、時間をかけて解体と調査を終えた頃にはすっかり夜も更け、戦闘からこっちずっと働きっぱなしでへとへとになった私たちは、軽くご飯を済ませて就寝と相成ったのである。
「竜討伐と調査完了の祝いとして、カナメの作った飯をがっつり食べたい」
ちょっと遅めの朝ご飯の場で、ディランさんが唐突にそんなことを言いだした。
みんな、パンやらカトラリーやらを片手に目を輝かせている。さすがに昨日は私も疲れ果てていて、きっちりした料理を作るどころじゃなかったからね。
この後、21階にポータルを立てて、私たちは地上に帰還する。長らく請け負ってきたお役目は終了だ。即席パーティも解散になるわけで、これでさよならーっていうのも寂しいしね。ちょっとくらいご飯を食べて、ダンジョン内最後の懇親としけこんでも、誰も文句は言わないでしょう。
公爵家でバーベキューなんてことは、さすがに無理だし。いや、あのご家族なら、やっちゃいそうだけど……。
「もちろん、公爵邸に戻ったら戻ったで、改めて場は設けるつもりだけどねぇ」
「昨日しっかり食べるどころじゃなかったですから、いいですね」
「新鮮な竜の肉も、たっぷりありますし」
「最高級肉万歳~!!」
男性陣は、肉には抗えないのか。会話の端々に、ソワソワした雰囲気を感じる。
やっぱりさあ、竜の肉なんてレア中のレア、生涯のうちで口にできたらラッキーみたいな食材を前に、すっかり食いしん坊になったこのパーティメンツが我慢できるであろうか。否。
個人的に、味も気になるじゃないですか。見た感じ、赤身がたっぷりで牛肉っぽかったのだけれども。
どうやら、一部の竜肉を、ディランさんがあえて冷凍に回さなかったのは、このためらしい。
「なら、ここはやっぱりドラゴンステーキ、しちゃいますか」
みんなが諸手を挙げたのは言うまでもない。
* * *
みんなが駐屯地の片づけをしたり、迎えを呼んだり、手慣らしに敵を狩りに行っている間に、私はテント内で調理を開始する。
結局、いつもの焚火スタイルが楽しくて良いという話になったので、21階ポータルにとどまっている。
駐屯地のキッチンは、あくまでも簡易的なものしかないしね。むしろ、テント内の設備がどうなっているんだって話だけど。
ステーキはとりあえず牛肉と同じ要領で、冷蔵庫に入れておいた肉の温度を戻し、繊維を切って下準備。
改めて見ても分厚い~!
細菌絡みがわからなかったから、一応≪清浄≫はかけた。本当、生活魔法は神技すぎる。かつてレアいお肉で、お腹を壊した同僚を知っているのでね……。
塩コショウは焼く前に。フライパンで焼くには大きさや量がちょっと不安だったので、餃子の時に使ったホットプレートがここでも大活躍だ。
「あ、ヤバ、美味し……」
私も肉焼きのプロではないので、ちょこっとだけはじっこを試しに焼いてみたんだけど、筆舌に尽くしがたい美味しさだった。脂の甘みと、肉汁の旨み、そして濃厚な肉の味がマッチしている。貴族の方々が、竜肉が市場に流れたら、挙って買い漁るという話も伊達じゃない。
そこまで調理の腕がなくても、ただ焼いただけで充分美味しいわ……。
やっぱり高級とされるお肉は違った。部位によって多少食感は変わるのだろうけれど、むっちりとした弾力なのに、ほろほろと噛み切りやすく、ジューシーで。
いわゆるA5ランクのお肉ってやつ?残念ながら、日本でついぞ食べる機会はなかったわけだけど、それ以上に珍しい肉を食べているので、人生何があるかわからないなあ。
肉の下準備の間にも、付け合わせのポテトフライのためのジャガイモを作ったり、卵をかき混ぜたり、箸休め用やスープ用の材料を切ったりしている。
今日は、竜肉とセロリときゅうりのピリ辛スープにしよう。
というわけで、冷蔵鞄からセロリときゅうりを取り出す。きゅうりは『マリステラ』だとキュリーって名前なんだよ。
セロリもきゅうりも細切りする。軽く酒を振った竜肉も、同じくらいの細切りに。普段なら豚肉を使うのだけれども、試しにね。
どちらの野菜もお肉も、匂いが気になる人はいるので、塩と油を入れた熱湯でさっと茹でて引き上げ、余熱で火を通す。油通しの簡単バージョンだ。これで結構青臭さが緩和する。
揚げ油を用意しなきゃいけない油通しをするのは面倒だけど、このやり方だと同じ効果が見込めて楽チンなのだ。野菜炒めする時とか、野菜が水分でべちょってならなくなるのでおすすめ。
鍋にごま油を敷き肉を炒めて、セロリときゅうりを入れ強火でざざっと炒める。
コチュジャンモドキの味噌、醤油、一味唐辛子を絡めて軽く味をつけてから、温めておいた鶏がらスープを注ぐ。
あんまり火を入れすぎると、野菜のしゃきしゃきした触感が損なわれるので注意。味見をして、調味料を気持ち加えて調えたら出来上がり。
嫌いな人もいるけど、きゅうりもセロリもスープに合うんだよね。ピリ辛で美味しいんだこれが。
思わず、ふふふんと鼻歌を歌っちゃう。
「これでカナメのお手伝いするのも最後なのねえ」
「マリーがいてくれてとっても助かったよ」
「またご飯一緒に食べる機会があるかしら? もっとカナメのご飯を食べたいわ。カナメは王都に来たりしないの?」
「うーん、その辺はちょっとわかんないねえ」
私がニラ玉を作っている最中、先に地上から戻ってきたマリーはポテトを揚げつつ、トマトときゅうりのポン酢漬けを作ってくれている。手際、かなりよくなった。おかげで、色どり鮮やかな食卓になった。むふー、満足。
食事の準備をしながら話をしていると、やっぱりマリーとなかなか会えなくなるのが寂しい。メンバーの中で、一番遠方に当たるからなあ。ディランさんとか、気が付いたら魔女の家にいるとか、普通にありそうなんだもん。
マリーとは必ず連絡取り合おうねって約束をした。よくよく考えれば、マリーは公爵家のご令嬢だから、身分的なところでちょっと腰が引けちゃうけど、普段神殿に従事しているので、肩肘張らなくても会えるらしい。女の子のお友達って、貴重だから嬉しいな。
ちょうどみんなが戻ってきた頃合いで、焚火ブースに食事を運ぶ。私がホットプレートを熱して油を引いている間に、マリーが配膳をしてくれている。
特にスープは、野菜がしんなりしてしまう前に食べて欲しいからね。
「いただきます」
みんながスープに手を付け始めると同時に、私も肉を焼きますよー。
「セロリときゅうりって、意外にもスープに合うんですねえ……私、これとっても好きだわ。さっぱりしてて食べやすいし」
「本当だ、スープ旨い。シャキシャキしてて、食感いいな、これ。最初にカナメから食材を聞いたとき、ええーってなったけど、食わず嫌いするもんじゃないなあ」
「青臭さもないし、食べやすいですからね」
「ピリッと辛いのがまた食欲をそそると言いますか……。それと、やはり竜肉の旨味がたまりませんね」
「わかる、わかるよシラギくん!」
「細切りにしてあるにしても、肉、柔らかくてジューシーでヤバいですよね……」
みんなのざわつきに、私は内心で胸を張る。ふふん、そうでしょう。
このスープ、最初はちょっと引かれるんだけど、食べてみると結構美味しいんだよ。あっさりとしたスープの美味しさと、野菜の歯ごたえがクセになるんだよね。
鶏ガラスープに、細切りのきゅうりと卵の組み合わせも美味しいんだよ!春雨を入れてもなお良し。
「はぁ……カナメのスープ付与効果のせいか、身体がポカポカして肩の力が抜けていく感じがするわ……」
「とても疲れが取れる気がしているんですが、ドラゴン肉との相乗効果でしょうか?」
「でしょうね。スープのおかげで、お腹もこなれていい感じだ」
「肉を食べるぞという気概が伝わってくるぞ、ヒースさん」
「ディラン君こそ。そわそわしているくせに」
そうそう、スープは前哨戦ですよ。
肉を鉄板の上に展開すると、じゅわーといい音と、肉の焼ける匂いがあたりに広がっていく。
「ああ、凄く香ばしい匂いが……」
「分厚い肉がたまらんねえ」
「口の中に涎が一気に広がりましたね……」
肉を心待ちにしすぎではないか、男性陣。そんな感想に、マリーがツボったみたいで、お腹を抱えて笑っている。
竜肉は一気に片面を強火で焼いて、ひっくり返してまた焼く、お肉が厚いので側面もじゅじゅっと、焼き目をしっかりつけていく。
そうして、鉄板から上げて数分休ませ、内部にまでじっくり火を入れていく。熱を通し過ぎると、いいお肉は硬くなるってよく言うよね。
慣れない作業なので、昔のおぼろげな記憶を頼りにした私の手際が、ちょっとだけおっかなびっくりだけど。そこは素人なので目を瞑って欲しい。
余熱調理としてアルミホイルに包むといいって昔何かでみたことあるけれども、アルミホイルがあるわけないので、苦肉の策として私は肉を載せたお皿に≪伝熱≫と天魔法の≪空間固定≫を付与して、肉から熱を逃がさないようにした。いわゆる保温状態のようなものだ。
「料理に魔法を使うの、何度見ても不思議だな~……高度な天魔法を保温のために使うなんて……そんなのありなのか?」
「ありです、あり」
「天を司る神『ウラン』も、よもや料理に使われるとは思わなかっただろうなあ」
ディランさんが遠い目をしているけれども、便利な魔法は上手に使わないと損です、損。
「カナメの作業が細やかだ……俺が作っていたら、ただの炭が出来上がってたな、これは」
「同感です。私も串を刺して焚き火であぶるのが、せいぜいでしょうね……」
「プロか。これは期待大」
「カナメなら王城のキッチンに就職できそうねぇ」
「からかうのやめてくださーい!」
スープを飲みながら、みんなにまじまじと観察されるの、恥ずかしいからやめーい!
高くレアなお肉は、さすがに扱いに緊張するものだ。いくら鞄パンパンなくらい量があるとはいえ、焦がしたりしたら勿体ないしね。
どうにか満足できる焼き上がりになり、最後の余熱を行っている間に、刻みオニオンと鉄板に残った肉汁、醤油を使ってソースを作れば出来上がりだ。
す、す、とナイフで肉が簡単に通っていくのが気持ちいい。よし。断面から覗くピンク色がとても綺麗で、我ながらよく焼けたと自画自賛しちゃう。
付け合わせのフライドポテトと一緒に盛り付けて、ソースをかける。
ごくり、と誰かの喉が鳴る音が聞こえた。
とうとう100話です!
ここまで続けられたのも、読者様がいてくれたからこそです。いつもありがとうございます。今後も引き続き元社畜調律師をよろしくお願いします。
次で長らく続いたダンジョン編は終わりになります。




