9 後悔
「もしかして……隆君か?」
落ち着いたその声は、意外にも俺の名前を口にした。はっと驚く思いになった。しばしの沈黙の後に俺は返答した。
「はい……あなたは?」
「夫の健太です。隆君と話すのは始めてだね。葬式も終わってやっと落ち着けてきたところだよ……」
葬式……確かに彼は葬式と……。その言葉を聞いた瞬間、矢に射抜かれたように俺の胸に衝撃が突き抜け、鼓動を早くした。その葬式とは、姉の葬式なのではないかと……。俺の脳裏には嫌な予感が離れようとしない。俺は言葉を失い無言で思考に更けていると、彼は声を重くした。
「隆君……真奈は……真奈は……」
閑散とした部屋には受話器の声が大きく感じ耳に残像を残す。健太は、さっきまで抑えていた感情が内側から溢れた感じだった。むせび泣きながら言葉を続けて発する事が出来ないでいる。だが、『真奈は……』の次の言葉は聞かずとも自ずと理解できた。もう姉はこの世にはいないのだと……。自分が自覚することなく、俺の左頬には一粒の涙が音も無く流れていた。
「俺のせいなんだ……」
喉から胸にかけて締め付けられ、無理やり絞り出すような声になっていた。俺は倒れるようにその場に両膝を着き、噛み締めるように目をつぶって涙を堪えた。
「隆君のせいじゃないよ……ごめんな、真奈を守ってやれなくて……僕が守らなきゃいけなかったんだ……」
健太の言葉が、更に胸を締め付ける思いだった。俺は良心が咎め、猛省した。姉を救う事が出来たのは自分に他ならないからだ。今、後悔してもあまりにも遅すぎる。
「姉はどうして……」
「そうか……隆君は何も知らないんだね……。真奈は駅のホームで突き落とされて、そのまま電車に……」
彼の声は先程よりも平常を取り戻し始めていたが、その声の表情は暗いままだった。
「は……犯人は?」
「わかってないんだ、目撃者もいるのに……。犯人の情報はなにも……」
姉は命を奪われた。どこのどいつかもわからない人間に。
俺は手紙の事が頭に浮かび、口に出しそうになったが意識的に抑えた。手紙の事を知ると彼がどんな行動を起こすのか分からないし、予期せぬ危険が及ぶと思ったからだ。手紙の事を知らなくても、既に彼も危険な状況なのだが故意に不安がらせる事もないと俺は判断した。何かあったら連絡するように告げると、この電話番号を教えて受話器を電話へ戻した。