7 事件
『トゥルルルルル……トゥルルルルル……』
電話が鳴り始めた。いつもと変わらないはずのその電話の音は、まるで早く出てくれと俺に必死に訴えるように、泣き叫んでいるように俺は錯覚した。困惑し始めた頭では、その音がうっとうしく思えた。俺は急がずにゆっくりと電話に近づき、無感情に受話器を取った。半ば放心状態に近かった。
「松岡か!? テレビ見たか? 松岡 勝が襲われたぞ!」
電話の声は池田だった。慌てた様子で冷静さを欠いている。言っていることが良く理解できない。俺の頭の半分は、考える事を放棄していた。
「なんでも若い女にナイフで刺されて、重傷だそうだ。」
いつもと違って、池田の口調が歯切れのいいのは良くわかる。『女に刺された』俺の耳に言葉が残り、話しの一部を理解した。俺の口元は不形に緩み、鼻で笑った。さっきの女、大山愛子に刺されたのだろうか。自業自得とでも言うところだろう。今まで恨みを買う事ばかりしてきたであろう松岡に天罰が下ったのだ。
「犯人は大山愛子か?」
「大山愛子? 誰?」
池田は気の抜けた声で返答した。大山愛子のことを知らないのか。俺は池田に、数時間前の出来事の一部始終を話した。池田は俺の話に聞き入り、すぐに写真の受け渡しを求めたが、俺は軽く断った。親のスキャンダルが公になる事に、なんら抵抗はないが、今しばらくは、自分の手元に置いておきたい衝動に駆られていたからだ。池田からの電話をそそくさと切ると、デスクに無造作に置かれたウイスキーをコップに半分ほど入れ、一気に飲み干した。苛立ちや遣り切れない思い、混乱し始めている自分の内情を何かから振り切るように……。
俺はベッドへ飛び入ると、今日起きた出来事の全てを無理やりに頭の奥へ押し入れるようにしながら、ゆっくりと眠りについた。