4 盗撮
二通目の手紙が届いてから四日が過ぎていた。この四日間、打開策を考える日々が続いていた。時には、ソファに座ってタバコを吹かす。その煙を無言で見つめていた。
「もう限界だ……。大山 愛子……」
手から小さなボールがこぼれ落ちる様に、自分の口から言葉がするりとこぼれた。俺は開き直って、愛子の住所へ行ってみることにした。家でじっとしていられなくなっていたからだ。いつも持ち歩いている小さな肩掛けカバンを持って部屋を出る。俺の気持ちは焦って落ち着きを失っていた。この数日間、頭の中を手紙に支配されていた。苛立ちも限界に達している。いつもの日々を過ごしていけないところまできていた。
外へ一歩踏み出すと、思いのほか俺の足取りは軽くなっていた。だが、住所に一歩一歩近づくのを意識し始めると、鼓動が徐々に加速していった。徒歩で最寄りの駅へ行き、そこから地下鉄で二駅の道のりだった。時刻は、午後9時を回り、外はすっかり暗くなっている。家からざっと一時間ほどで、手紙に書かれた住所の辺りに着いた。周辺の表札を見て回る。通りに、人けがないのが助かった。『佐藤、小林、鈴木、冨田……、大山……』見つけた。きっとここだろう。見上げると、一軒家の洋風を思わせるオシャレな二階建ての家だった。目立たないように、ゆっくり木陰に隠れて家を覗き込んだ。カバンを肩から外して手探ると、カメラに手が当たった。俺はカメラを手にすると、無意識にカメラを構えた。フレーム越しに家の様子に目を配った。仕事柄、いつもカメラを持ち歩いてはいたが、まるで、大山愛子の盗撮犯だ。一階も二階も電気が点いていて明るい。カメラのズーム倍率を上げて、一階と二階を交互に凝視した。しばらくすると二階の明かりに若い女性の姿がちらついた。小柄な可愛らしい女性だ。きっとあれが大山愛子。確信はあったが、いざとなると勇気が持てずに胸が不規則に鼓動した。仕事なら何の迷いもなく押すシャッターがなかなか押せない。自分が殺すかもしれないその女性の姿を写真に収める行為が不気味にも感じた。
俺は意を決して震える手を押さえ込んで何枚かカメラに収めると、その場を後にした。 なぜ、カメラに収める必要があったのか自分でも分らなかったが、カメラマンの性だろうと自分で納得していた。殺す相手をしっかり見ておきたい感情が生まれていたのかもしれない。
時刻は十一時を回ろうとしていた。かれこれ一時間ほどカメラを構えていたのだ。額には、じっとりと粘つくような汗をかき、一刻も早く洗い流したい気分だった。俺は来た道を足早に歩いて駅へ向かった。終電時刻が近づいていたからだ。ホーム内は疎らな人ごみ、電車内も同様だった。電車に乗り込むと、見覚えのある背の高い男が、自分の目に映った。近くにいたわけではなかったが、一目で、それが誰なのか分かった。同じアパートに住む、あの黒人だ。目線が合いそうになり、慌てて目線をそらせた。この前のことで、どことなく気まずかったからだ。
家に帰り、写真を現像すると、殺人を犯す気は遠のいていた。写真に写っている子の人生を奪っていいはずがない。殺す勇気がない訳ではなかった。人として殺人を犯す所業をやって良いはずはない。それよりも犯人を捜すことが先決だ。
手掛かりとなるのは手紙しかなかったのだが、その手紙から犯人を捜すことはできずに期限の一週間が、また過ぎようとしていた……。