38 声
「夜テレビを見ていたら耳元で聞こえたのよ。プリンスホテルへ行ってって。なんのことだかわからなかったわ。最初は行く気はなかったのだけど、聞こえた声がなんだったのか、何度か言われたことを思い出していたら、行かなきゃ駄目だって思えてきたの。一度だけ行ったことのあるところだったけど、不思議な事に道に迷うことなく、まるで行き慣れたところへ行くように自然に着くことができたわ。回転扉を通ってロビーへ入ったら勝さんを見つけたのよ。そのまま立ち止まって勝さんを見ていたら後ろから女性が現れて勝さんの背中にぶつかって逃げていったのよ」
奈保さんは頭だけ俺の方へ向き直した。悲しい目をしている。俺は何を言っていいのか分からずに奈保さんの目を見つめた。
「真奈の時もそうなのよ。聞こえたの。電車のホームへ行ってって。私、見ちゃったのよ。自分の娘が殺される瞬間を。真奈は突き落とされたのよ。きっと同じ女性だったわ」
俺は黙ったまま何も言い出すことが出来なかった。しばらくの沈黙の後に奈保さんは困り顔になり、軽く苦笑いを浮べた。
「あの声は、愛子だったのかもしれないわね。私に何をして欲しかったのかしら……」
奈保さんの瞳から涙がこぼれ、頬を伝った。自分の娘が殺される瞬間を思い出してしまったのだろうか。辛い出来事を嘆いているのは当たり前だろう。
「愛子さんは何かを伝えたかったのかもしれませんね」
俺は重くなってしまっていた自分の口を開いたが、気の利いた言葉は出てこなかった。奈保さんはまた顔の向きを変え、そのまま俯いた。