37 対話
奈保さんの姿が消えたと思っていたら奈保さんは紅茶を持ってきてくれていた。テーブルにトレーを置き、カップの一つを俺の前に置いてくれた。ほのかに紅茶の香りが花に届く。俺の対面のソファに奈保さんは座った。
「で。何をしに来たのかな。まさかこんなおばさんを口説きに来たわけじゃないわよね」
奈保さんは口角を上げて、にっと微笑んだ。
「愛子さんのことで」
その言葉を聞いて奈保さんは、ふうんと一言相槌を入れてから大きくため息を着くように一息いれた。
「娘は十六年前に死にました」
彼女は真剣な眼差しで、真っ直ぐ俺を見つめた。
「そのことは知っています。最近起きた二件の事件の目撃者だと聞きましたので」
奈保さんは、そうねと言って一口紅茶をすすった。
「ホテルで勝さんが刺されるのを見たわ。それと真奈が突き落とされるのを。そのことを話したのに警察には信じてもらえてないみたいね」
「二件とも、若い女性を見たって聞きました。もしかして、それは愛子さんじゃないのかなと思ったんです。それと」
俺は持ってきた写真をテーブルに広げた。
「これを見てなにか感じませんか」
「うーん。これといって何も感じないわ。これがなにか?」
「信じてもらえないかもしれませんが、最近俺は愛子さんと一緒にいたんです。この写真にも愛子さんが写っていました。でも今は消えているんです」
「それって、今の愛子なのかしら。あの子が生きていれば二十歳ってことにはなるけど」
彼女は顔をしかめた。
「そうです。二十歳の愛子さんです」
「そうなの……」
また彼女は紅茶を口に運んで一口飲んだ。紅茶のカップを両手で包み込むようにして持つと、両足をソファへ運んで横向きになり外を眺める格好になった。
「聞こえたのよ」
「え?」
聞き耳を立てて奈保さんを覗き込んだが、彼女は横を向いたまま話し始めた。