32 消失
「奈保さんも同じような事を言うてたみたいや。若い女が背中を刺して逃げていったと。ただ証拠がありまへんわ。真奈さんのことにしてもそうですわ。駅のホームにも同様に何台かの監視カメラがあんねん。そこに映っとるのは、大勢の人の中からピョイと電車に飛び込む若い女性の姿だけや。彼女を押してはるような人は解析の結果おらんのや。逃げる人影もありまへん。偶然見つけたのは京子さんの姿や。彼女は見てはった。娘さんが飛び込むのを少し離れた位置で見てはったん。せやから、京子さんは犯人ではありまへん。現状証拠からは真奈さんは自殺したとしか思えまへん。当然、奈保さんの『若い女性が彼女を押した』なんていうのも信憑性に欠けるものや」
「犯人は最初からいないと?」
親父の問いかけに刑事は苦い表情で肯いた。
「一応、事件は解決ですわ」
俺も親父も訝しい表情で刑事を見た。なにも解決などしていない。気持ち悪いどろどろとした物が心を染められていくような気分だった。
「これで、捜査は打ち切りですか?」
「大方、そんなようなもんですわ」
沈んだ声で刑事はそう言った。彼もまた事件の後味の悪さを感じている風情だった。
「補足としてよろしいですか。隆君の家の事で」
マルボが俺の顔を見てそう言ったので、どうぞと俺は答えた。
「松岡京子さんと池田一馬という記者は繋がりを持っています。今日の昼間に京子さんと池田さんが隆君の家へ行っています。池田がドアを破り、写真を探していたようですね。でも彼は持って行ってはいないようです。『写真がない。ない。松岡と写っている写真がない』なんてことを言っておりましたので、松岡さんと何かが写っていた写真が欲しかったのでしょう。その後にすぐ部屋を出て行ったようです」
「なんでそんなことがわかるんですか」
俺はマルボの顔を見返した。マルボの口元が緩み、薄く笑った。
「半年前から隆君の部屋に私が盗聴器を仕掛けてあります。一応、隆君の部屋にあった写真を全て持ってきました。確認していただけますか」
俺は驚いた表情のままマルボから渡される写真に目を通していった。そこには、あるはずのものが写っていなかった。