31 傷口
「奈保じゃないか」
親父が驚いた表情で刑事を見た。
「そうなんや。奈保さんですわ。ホテルで刺された時に勝さんは犯人を見られはったか?」
「薄っすらとではありますが、背中を見たような。若い女性のようでした」
「あの時は勝さんが倒れはったいうことで、報道陣やら野次馬が殺到しましてな。勝さんとその目撃者の証言で若い女性に刺された。なんてことで報道されとったみたいなんやけど、それが本当なのかっちゅうことはすぐにわかることやったんですわ。それというのもホテルのロビーには監視カメラが数台設置されとります。それを見れば一目瞭然ですわ」
親父がそれで、と一言入れ、三人で次の一言を待った。
「私もそれを見たときは信じられまへんでしたわ。それがなんて言ったらええもんか。誰も映っとりませんのや。このことは混乱を呼びそうやから公表はされとりませんが」
「そんな馬鹿なこと。じゃあ私の背中の傷はどう説明するんです?」
「勝さん。あなたはロビーで倒れはって、すぐに救急車で病院へ運ばれはった。手術が終わり、ご自分の着ていた服を後で一度でも見はったか?」
刑事は眉毛をぽりぽりと掻きながら言った。その言葉に親父は、いいえと答えた。
「確かにあなたの背中の傷は刃物で切られたようにスパッといってはったみたいや。でもな、服は切られてへんのよ」
「それって……」
刑事は真剣な眼差しで親父を見つめた。親父の顔が曇った。
「奇妙やろ。それだけではあらへん。手術をした医師に聞いたところ、傷口はまるで内側から切られたようだとおっしゃったんや。こんな傷は見たことあらへんってな。簡単に言うと勝さん、あなたは何もされてへんのに一人で倒れはった。それだけのことやで。ただ、背中には奇妙な傷が出来たっちゅうことや」
俺も親父も納得できずに刑事の顔を眺めた。納得できるはずはない。その話にマルボは無言で肯いていた。