3 再び
俺の家族は父、母、姉、それと俺の四人家族で、俺と両親との関係は最悪な状態だった。でも姉とは悪い関係ではなかった。去年、姉は結婚した。俺は、結婚式には出席しなかったが、遅れて電話で姉を祝福し、その時この電話番号を教えた。あれから半年して、掛かってきた電話がアレとはなんとも皮肉なものである。便りがないのは、良い知らせとは良く言ったものだ。両親はともかく、姉の身に何も起きなったことに、俺は少し安心した。
数日後……。郵便受けを開けると、見覚えのある封筒が届いていた。
『松岡 隆 様へ』普通の茶色の封筒だが、ひと目見ただけで、この前の手紙のことが俺の頭の中を支配した。
「来たか……」
明朝体で書かれた文字には、なんら感情を感じさせない。手紙の中身を見なくとも、内容は大体の見当がついた。また誰かを殺せと言う内容なのだろうか。俺は動揺した心を振り払うように急ぎ足で階段を駆け上がった。その途中、何かにぶつかった。
「オゥ!ッコンニチワー」
俺の耳に片言の日本語が飛び込んできた。驚いて顔を上げると、ぶつかった相手と顔を見合わせる格好になった。二階の角部屋に住む外国人だった。背が高くガッチリした体型、黒い肌に短髪の男だ。彼もまた驚いて目を丸くさせている。前を見ずに突進してきた俺に驚いたのだろう。そんな不注意な自分に、自分でも驚いた。潜在意識に、気持ちが焦っているのを感じる。落としてしまっていた封筒を、俺は隠すようにして拾い上げた。
「ダイジョーブ?」「あぁ、大丈夫」
俺は左手を広げて、大丈夫なところを大袈裟に仕草した。その様子を無言で凝視され、気まずい空気が流れた。俺は軽く会釈して、咄嗟に逃げるようにして家へ戻った。俺はドアを閉め終えると、手にしていた封筒を乱暴に破り開けた。
『あなたのお母様がご無事で何よりです。これは警告です。隆 様が実行されない場合、あなたの家族の命は保障できません』
俺の頭の中は、今より前の一週間を反芻していた。殺人命令とも取れる手紙が届き、実行しなかったため、母がひき逃げされたのだ。手紙の主が犯人であることも明らかだった。
『大山 愛子 を殺しなさい 年齢二十歳、住所――』
再び、同じ内容の手紙だった。俺の頭の中は困惑していた。落ち着こうとしてソファに座ると、慌ててタバコに火を点けた。手が小刻みに震えているのを感じた。
『あなたの家族の命の保障はできません』ってことは俺には危害を加えないのか?そんな考えが浮かんだが、すぐに自分を自嘲した。警察に知らせたらどうだろうか。俺の知る限り、警察なんてものは事件性が認められなければ動かない。現時点では偶然とされて相手にされない。そんなところが落ちだろう。
俺は閑散とした部屋で葛藤した。家族を守るために人を殺めるのか。それとも、むざむざと家族を殺されるのを待つのかを。