28 探偵マルボ
この場に合わない軽快な着信音だった。ディズニーランドで流れていそうな音楽だった。すまないと言って親父は電話にでた。
「松岡だが」
相手の声はかすかに聞こえるだけで何を言っているのかはわからない。親父は、ああ、だとか、わかった、と相槌を打った後に電話を切った。
「お前に会わせたい人がいる。ここに着いたそうだ」
親父は、また傷口が痛むのか右手でわき腹を押さえながら顔をしかめた。数分の気まずい沈黙の後ドアをノックする音が聞こえ、二人の男が中へ入ってきた。一人は先程いた高田という刑事。もう一人は右手に鞄を提げた背の高い外国人の男だった。虚を突かれた気分だった。外国人の男は、同じアパートに住んでいる男だった。次々に驚かされる事が続き、俺の心は置き去りにされていた。町の雑踏のど真ん中に一人で立たされている気分だった。俺のことは気にも留めずに人々は次々と自分の横をすり抜けて行く。物事が俺一人を取り残し、すぐ横を次々とすり抜けて行っていた。その事柄の一つ一つを全て捕まえられる気配は微塵もなかった。
「今晩は、隆君。驚かせてしまったようですね」
彼の口調は流暢な日本語だった。依然聞いた片言な日本語はそこにはなかった。彼は、あのアパートに住んでいる外国人が日本語ぺらぺらだと違和感があるから、咄嗟に片言にしたと付け加えた。彼は俺に向かって右手を差し出し、俺は反射的に右手を出して彼と握手していた。
「彼の名前はマルボ。私が雇った探偵さんだ。警察とも繋がりがある。ここ半年間、お前の様子をずっと調べてもらっていた」
親父が彼の紹介を簡単に済ませた。
「それでですね、いろいろと持ってきました」
マルボは鞄から薄い手袋を取り出して両手につけた。そして鞄の中からビニール袋に入った何かを色々と出し始めた。