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殺人命令書  作者: YJ
26/40

26 勝の過去

 俺はベッドの側に置かれていたパイプ椅子に腰掛け、そのまま親父の後頭部を見つめた。


 「私の話を聞いてくれるかな」


 親父は尖った月を眺めながらそう言った。その言葉に俺は、うんと答えた。


 「私が子供の頃、とても貧しくてな。親父は酒びたりで毎日仕事もせずに酒ばかり飲んでいた。母親が働いてきたお金さえも使い込む。そんな親父だった。家計は当然、火の車で毎日食べていくのもやっとの状態だった。その頃から私の夢は、将来金持ちになる事だった。必死に勉強し、一流大学に合格する事が出来た。下宿代と学費は奨学金でまかない。足りない分は、夜にガソリンスタンドでアルバイトをした。そのバイト先に大山奈(おおやまな)()という女性がいた。自分たちの生い立ちや、地元が近かった事もあって話が合い、お互い魅かれ合うようになっていった。たびたび奈保の家へ泊まりに行くようになり、関係は親密になっていった。私は弁護士を目指していたため、大学在学中に司法試験を受けた。結果、合格し、卒業と共に弁護士の職に就くことが出来た。その頃、もう奈保のお腹の中には子供ができていた。真奈(まな)という名前をつけた。お前の姉さんだ。もしかしたら、その頃が一番幸せだったのかもしれない」


 親父は寝たままの体勢で頭だけを俺の方へ向け、眉間にしわを寄せた。しっかりした目で見つめられ、俺も親父の目をしっかりと見つめ返した。


 「弁護士の仕事を続けて二年経った頃、ある代議士の顧問弁護をすることになった。松岡源(まつおかげん)二郎(じろう)という方だ。かなりの御高齢だったが政界において重鎮的な人物だった。自分が顧問弁護に就くことがとても光栄だった。自分なんかでいいのかと。何度か事務所を訪れるようになり、そこで源二郎先生のお嬢さんに会った。私のような田舎者が珍しかったのか、お嬢さんは私の話を興味津々で聞いてくれた。ずいぶんと私に好意を抱いているようだった。仲が深まるにつれ、私もお嬢さんに魅かれるようになっていたのかもしれない。人として越えてはいけない一線を私は越えてしまった。あれは大きな過ちだった事に他ならない。私はお嬢さんを妊娠させてしまった。そのお嬢さんというのは、お前の母親、京子(きょうこ)だよ。ずいぶんと悩んだよ。源二郎先生のお嬢さんを妊娠させたとあっては、私のようなものでは責任の取りようがなかった。だが逆に、これはチャンスだと思う自分もいた。京子と結婚すれば後々、松岡家の遺産にあやかる事が出来るのではないかと。あいにくの事、先生は妻に先立たれ、自分もかなりの高齢だった。私の中にある黒い部分が日に日に膨張していくのがわかった。私は残酷な決断を下してしまった。私は奈保を捨てた。あの時の私はどうかしていた。狡猾(こうかつ)で卑劣で、人間の心を持っていなかった。無理やり奈保に離婚届にサインさせ、京子と一緒になった。私は松岡家の養子に入り、これまでの荒田(あらた)の名前を捨てて、松岡の姓を名乗ることとなった。真奈は奈保が引き取っていった。しばらくして隆、お前が生まれた」


 そこまで言うと、親父は天井を見つめて一度大きく息を吐いた。俺は複雑な気持ちになっていた。これまで親父がどこでどのように生きてきたかなんてことに興味はなかった。だが親父の発する一言一言が胸に詰まっていった。まるで重いなにかを少しずつ敷き詰められ、胸を刺激し、体の自由も奪っていった。

 声を出そうとしても、その胸に詰まった何かのせいで上手く声にならなかった。



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