24 黒い空
どれだけの時間が経ったかは分からない。暗闇の中から、なにやら俺を呼ぶ男の太い声が聞こえる。なんて言っているんだろう。耳を凝らして聞いてみる。起きろと言っているのか。段々と、その声がはっきりと聞こえるようになり、起きろと聞こえた。高田刑事の低い声だった。自分が寝ていた事も知らずにいた。寝ていたというよりも、ほんの一瞬、気を失っていた。そんな感覚だった。話によると、どうやら二十分ほど眠っていたそうだ。
「やっと起きたな、着いたで」
車の後部扉を開けて高田刑事が俺の体を揺すっていた。俺は、はっとなって見渡すと病院の入り口のところに車は横付けしていた。やれやれといった表情で高田刑事は眉毛を八の字にした。刑事は行くで、と一言いうと体を翻して歩き出し、その後を俺は追った。夜風が頬を掠めていき、少し肌寒い。時刻は八時を回り、病院内は閑散としていた。院内の明かりは廊下のみで、使われていない診察室などは全て消されている。この病院は一階のほとんどが診察室などで、二階と三階が入院患者の病室になっていた。廊下に漏れた明かりの奥からは、ナースの話し声が聞こえる。きっと夜勤のナースだろう。駅前のお店のケーキが美味しいとか、なんとかとか言っていたが、俺と高田の姿を横目で見ると、その声を小さくさせた。二階に上がったら廊下に明かりがついていて明るかった。聞けば、なんでも消灯は九時だと言う。あと一時間ほどでここも暗くなるとのことだった。廊下を歩いていくと、病室の扉の前に二人のスーツ姿の男の姿が目に入った。二人の男は高田刑事に向かって、ご苦労様ですと軽く頭を下げた。それに応えるように高田刑事も軽く頭を下げ、俺と高田刑事は病室に入った。
ベッドに親父の姿があった。重そうな体をこちらに向けた。あまり自由が利かないのか、痛くて上手く動かせないでいるのか、鉛の体を動かしているようだった。病室内は簡素なものだった。引き出し付きの机に、スタンド式の服掛け、棚にはテレビがあり、スタンド式のライトが付いていた。高田は大丈夫ですかと軽く声をかけ、それに親父は大丈夫ですとしっかりとした口調で答えた。そう言うと親父は高田から目線を外して俺を見つめた。それはとても透き通った目で、遠くの景色を眺めているような、そんな瞳だった。
「すみませんが、息子と二人にしてもらえますか? 刑事さんがいらっしゃっては話しにくいこともありますので」
「そうかいな。事件のことを話されるんと、ちゃいますか。それやったら、ここで聞いとらんと、いろいろと困ります」
「事件と関係があるような事は全て話しましたよ。息子と話しておきたい事は、事件のことではなくて家族の事なんです。私たちの家族は普通の家族と違いまして、いろいろと込み入った事情を抱えていて、人に話せるようなものではないのです」
「そうか。その話も聞きたいところやけど。人にはプライバシーちゅうもんがあるからの。わかったで」
そう言うと高田刑事は頭をぽりぽりとかきながら苦笑いのような表情を浮かべ、部屋を出て行った。
親父は窓の外を眺めていた。黒い空に浮かぶ尖った月をじっと見つめていた。




