23 警察
自転車の後ろに愛子を乗せて再び自転車を走らせた。しばらく走らせると市の警察署に着いた。二階建てのそれなりに大きな建物。警察署の中に入って、事情を説明すると部屋へ案内されて事情聴取が始まった。身元確認が終わり、愛子は家へ帰されて保護監視を付けるように手配された。俺はその後、執拗に質問攻めに合い、港で起きた事の一部始終を説明した。港の事を話し終わると警察官が二人、足早に現場へ向かって行った。
これで良かったんだよな……。
『私を救えるのはタカシさんだけだよ』……。
『どうなっても知らないからね』……。
愛子の言った言葉が何度も俺の心を惑わせていた。爪楊枝で刺されているようにチクチクと心を痛める。事件は警察が解決してくれる。これで良かったんだと自分に言い聞かせるように願った。すると乱暴に部屋のドアが開かれた。四十代のスーツ姿の男が姿を見せた。背はあまり高くなく、ガッチリとした体格だった。どこにでもいそうな中年のおじさんだ。その男の厳しい表情をひと目見れば、なにかしらのトラブルを予感させた。
「ちょっとええか?」
その男は関西弁のような独特の喋り方だった。俺の話を聞いてくれていた警官が呼び寄せられて、ドア際で慌ただしく話し始めている。ごちゃごちゃと話し始めると警官の表情は曇り始め、眉間にしわを寄せた。
「君……松岡さんの息子さんか?」
スーツ姿の男が話しかけてきた。男は警官をよけるようにして俺に近づき、腰掛けている俺の隣に立った。俺は肯きながら、はいと返事をした。
「さっきな、港へ行ってきてん……君んとこの親父さんが倒れとったわ。すぐに病院へ運んだから命には別状はないわ。安心してええで。それと……君の母親を傷害罪、殺人未遂などの罪で逮捕した。君の証言の前にも目撃者がおってな。警察は動いとったんよ。君が現場から逃げるところを目撃した人もおるから、今から君の証言と照らし合わせてみるわ。ええっと……そうや、自己紹介がまだやったな。私は、こう言う者や」
そう言って、男は名刺を俺に手渡した。それを見ると……高田竜二、県警本部の刑事とされていた。
「そうや、忘れるとこやったわ。君の親父さんが君に会いたがってんねん。今から君の親父さんのところへ行くんやけど、一緒に行こうか」
高田刑事は、俺の反応を見るようにして顔を覗き込んだ。俺は、ためらいながらも返事をした。事件は確実に解決の方向へ向かっているように思えるが、その一方で家族がバラバラになっている現状に俺の中で複雑な感情が生まれていた。今まで嫌いだったはずの家族だったが、どことなく寂しい気持ちに捕らわれていた。ここまで大きな事件になるとは思ってなかったし、もう後戻りはできないのであろう。
高田刑事に連れられて廊下の窓から外を眺めると、夜になっている事に気が付いた。外へ出ると警察署の前に車がまわされていた。高田刑事は運転手に軽く挨拶を終えると助手席に乗り込む。俺は促されるままに後部座席に腰を下ろした。座席に座ると、今までの疲れがどっと押し寄せて俺の体を重くした。無意識に溜め息がこぼれた。
今日はとても長い一日だ。心身ともに疲れていた。車の揺れが心地よく、俺を眠りにつかせていった。