22 迷走
京子が愛子の命を狙っているのであろうか。勝は愛子の身が危険なのがわかって俺のところからさらう様にして愛子を連れ出したのだ。きっと京子が愛子の居所を知ったことを知って強行したのだろうか。でもなぜ京子がそんなことを。そんなことを考えているよりも今は安全な場所へ愛子を移動させることだ。あの二人の事を考えている余裕などなかった。
太陽は西に傾き、オレンジ色の光を放ち始めていた。俺の脚は疲れ、その光をうっとうしく感じさせていた。
「さすが私の救世主様だね、タ、カ、シ、さん」
自転車の後ろに乗っている愛子が俺のお腹の辺りに回している腕をギュっと強く抱きしめた。自転車の軽い揺れが背中にあたる愛子の胸を強調させて、俺は動揺を隠せないでいた。鼓動が早くなり、自分が男であることを再認識させられる。俺の漕ぐ自転車は街中に入り、人ごみにまみれた。ざわつく繁華街に飲料水の自販機を見つけると、その横に自転車を止めた。普段、運動していない俺の足は限界を感じていた。一旦は、危険を回避して落ち着ける状態になったであろう。そう思って自販機で二つ飲み物を買うと、一つを愛子に無言で手渡した。
「はぁー……」
俺は車避けに腰を掛けると、溜め息を漏らした。先程買ったスポーツドリンクを軽く口にすると、ポケットに手を突っ込んでタバコを手にした。愛子は大人しく俺の隣に腰掛けてジュースをゴクゴクと飲んでいる。この子が人に恨みを買うような事をしたのだろうか。とてもそうは思えなかった。
俺は波止場でのことを振り返った。京子は勝が危険だから逃げてと……。勝は京子が狂い始めていると……。少なくとも京子は俺の身を案じて逃がそうとしていた。勝のとった行動も同様だ。訳がわからない。手紙のことはどうなるのであろうか。犯人は俺の住所を知っていた。同様に手紙の文面からも愛子の住所も知っていたことになる。犯人は住まいを知っていながら自分では行動せずに俺に愛子を殺させようとしていたことになる。そうなると犯人の狙いはなんなのだろうか? 考えれば考えるほど俺の思考は迷宮へ迷い込んでいった。もしかしたら、こうしている間にも俺と愛子は監視され、隙をうかがわれているのかもしれない。もう、俺一人ではどうにもならないような気がしていた。
「愛子……警察へ行こうか?」
俺の口からこぼれた。俺も愛子も、どこにいても危険な気がしたからだ。今考えられる一番安全な場所は警察ではないかと思えていた。
「私を救えるのは警察じゃなくてタカシさんだけだよ……」
俯きながら愛子は、ぼそりと呟いた。
「なに言ってるんだ。俺だけって……。もう俺の手に負えないところまで来ている。今こうしている間も危険にさらされているのかもしれないんだ……。俺も……愛子も……警察に保護してもらう事が安全だとは思わないのか?」
「救世主様が、そう言うんならしかたないね。どうなっても知らないからね」
愛子は俯いていた顔をこちらに向けると開き直るように微笑んだ。愛子は耳に引っ掛かる台詞を口にする。俺は間違ってないと、心の中で自分に言い聞かせていた。