12 誘導
「ここは危険だから、こっちへ」
俺の言葉に、愛子は無言で頷いた。俺は彼女を車へ誘導した。
「さっき命を狙われてる、って言ってたけど……」
「最近ね、変な男に後を付けられてたりするの。ほんと恐いんだから…… 何でもっと早く助けに来てくれなかったの」
そう言うと彼女は、はにかんだ表情で悪戯に、俺の肩を右こぶしで、ぽこっと軽く叩いた。
「きっと私のストーカーさん。夜なんか、すっごい恐いんだから」
言葉とは裏腹に、軽い口調で彼女は話した。俺は彼女を助手席へ乗せると、車を走らせた。何の躊躇も無く、知らない男の車へ乗るとは不思議な子だ。どこへ連れて行かれるとも分らないのに。ストーカーを恐がるのに、俺の事を怖がる事も無く、むしろ愛子の方から俺の家へ向かわせているような、そんな感じさえ錯覚させた。車が大通りに入ると、俺は話を切り出した。
「松岡 勝って知ってる?」
「もちろん知ってるわよ、すっごくいい人! でも刺されちゃったんでしょ? ニュースで見たんだけど……」
愛子は声を荒げたがすぐにしょんぼりと、そのボリュームを絞った。
「会って話したことはある?」
俺は彼女の様子を察したが、その表情に変化は見られなかった。
「一回ね、番組で一緒になった事があってね、それから相談とか乗ってもらってたの。 何回か会ってたのよ。でも……それからかな……」
愛子は思い出しながらゆっくりと話すと、言葉を途切れさせた。『それからかな……』。俺は心に、やけに引っ掛かるものを感じて聞きなおした。
「それからかな?……なにが?」
「……なんでもない」
明らかに愛子の姿容は変化した。聞いては、まずい事を聞いたのだろうか。親父に会って話をするようになってから、愛子になにかがあったのだろう。俺は少し追及しすぎたのだろうか。愛子は言葉を詰まらせると、殻にこもる様に俯いた。こんな時、女の扱いが下手な自分が嫌になる。『それからかな……』と言う言葉が、俺の頭の中で繰り返し再生されていた。曲でも聴いているかのように再生し、巻き戻し、再生し、巻き戻し……。それから何があったのだろうか、気になって仕方が無かった。