11 メシア
誰もが寝静まった深夜の十二時、彼女は家を出た。小柄な彼女は、小さな歩幅でトコトコと歩き始めた。身長は百五十数センチほど、髪は肩ほどの長さで、軽く茶色に染められていた。ピンク色の長袖の上着に、膝丈のジーンズ姿。俺は素早く車から降りると、気付かれないように彼女の尾行を開始した。五分ほど後を追うと、彼女はひと気のない道へ入っていった。俺はチャンスだと思い、愛子に接触することにした。夜中に声をかけられるのは、どうしても警戒されるだろうと思い、なるべく優しい口調で声をかけることにした。
「すいませーん」
小さな声でも、周りに反響するほど辺りは静まり返っていた。
「なんですか?」
彼女は、俺の声に呼応して振り向いた。予想外に警戒心、不信感などの訝しさを感じられない。
「大山愛子さんですよね?」
「はい……。あなたってー、もしかして救世主さん? 私の救世主さんでしょ?」
ゆったりとした口調のアニメ声だった。俺の理解に及ばない言葉だった。『救世主』その言葉を耳にして、俺は戸惑った。この子は何を言っているんだ。彼女は丸く大きな目で、俺を直視している。
「私……命を狙われてるの。あなたが助けてくれるんでしょ。私を安全なところへ連れて行って」
天然なのか? 夢見がちなのか?……。彼女の真意がつかめない。だが、こんな道端で人目に付かれる事よりも、「安全なところへ行こう」とか言って自分の家へ連れて行った方が、なにかと都合がいい。事態は意外と好都合に流れているのかもしれない。
「俺は君の救世主、君を助けに来たよ」
自分の台詞が照れ臭く、俺は笑いを堪えた。だが、今は彼女の言葉に乗っかる事にした。この子にとって救世主と思わせておいた方が、都合がいい。どちらかと言えば救世主と言うよりも、俺は、この子にとって死神だろう。彼女の無防備さが純粋さを感じさせた。