10 六日目の夜
受話器を電話へ戻すと、さっき読みかけだった手紙が目に入った。俺は続きに目を通した。
『大山 愛子 を殺しなさい 年齢二十歳、住所――』
同じ文面が顔を覗かせた。この犯人はどうしても俺に大山愛子を殺して欲しいらしい。何度も見てきた文に愕然とした。今までとは違うのは、この後の文だった。
『一週間以内に実行されない場合は、あなたの家族の命がどうなっても知りませんよ。そしてあなたの命も』
両親の命を奪われたところでなんとも思わないが、自分も犯人の的にされたことで愈々かと覚悟した。心の何処かで、いつかこうなるのではないかと予測していたことだ。それに、危険なのは俺だけではなく、健太にも向けられているであろう。姉の死によって、俺の中で、これ以上の犠牲者は防がなければいけない感情が生まれていた。
大山愛子……。手紙に書かれたその名前は、俺の頭から離れる事はなくなっていた。大山愛子を殺さないと、近いうちに身内の命は奪われる。これは警告ではなく、自分の命の危うさも、ひしひしと感じ始めていた。
テレビのニュースでは、連日のように親父が襲われた事件の様子が報道されていた。最近注目されていた政治家が襲われた、となれば無理もない事だろう。だが事件の内容はお粗末な物でその犯人に迫るものは報道されていない。姉の事件と同様に、目撃者はいるのに、犯人を特定されるものは無かった。ただ違っていた事は、親父を襲った犯人は若い女であると報道されている事だ。俺の脳裏を掠めるのは、親父を刺したのは大山愛子ではないだろうかと言う、俺の憶測だった。憶測であって、決め付ける事はしたくはない。
連日のニュースと共に、頻繁に池田から写真の買い取り電話がかかっていたが、俺は無愛想に断った。自分の持っている写真一枚でも世間に流れれば、それこそ犯人は大山愛子と断定されてしまうだろう。俺の見る限り、愛子の見た目からは、犯行を起こす事は想像できない。それどころか、俺は違和感すら感じていた。なにか違う……俺の感覚がそう感じている。
一連の事件の鍵を握る人物。それは大山愛子。愛子と話す機会は持てないだろうか? 俺は今夜から愛子の監視を始めた。レンタカーを借り、愛子の部屋が見える位置に車を止め、双眼鏡で様子を眺めていた。昼間は人目に映るために、監視は夜だけ行った。彼女の様子に変化は見られずに毎日、平和は日常を描いている。淡々と悪戯に時間だけが過ぎていたが、チャンスは訪れた。三通目の手紙が届いてから、六日目の夜だった。