1 手紙
俺のところへ一通の手紙が届いた。どこにでもある茶色の封筒に入った手紙だった。
下町と言うべきか、俺の住んでいるアパートは街中から一本とはいわず、二、三本入ったところに存在している。街中から離れているため、辺りの建物も古いものが多く、田舎を思わせる。俺のアパートも当然のように古く、築五十年近く経っているのではないかと感じさせる。もうボロボロで建っているのがやっとだ。一階と二階が四部屋ずつの、どこにでもある造りだ。古いだけあって家賃が安いためか、一階の角部屋の他はすべて借りられている。ここの住人は皆、訳有の様相をその容姿や仕草から漂わせている。少なくとも俺は、そう見て取れた。まともに話したことはないから分からないが、見た目だけで判断するならば、十代の者もいれば上は老人まで、国籍も関係ない。アパートの東側には外階段があり、俺の部屋は階段を上がってすぐの部屋だ。俺は、いつものようにアパートの階段を駆けるようにして登った。部屋へ入ると、手にしていた茶色の封筒を乱暴に机に放った。封筒の行方を追うことなくすぐに目線を外すと、俺は飛び乗るようにして、ソファに腰を掛けた。
「はぁー」
自分でも自覚している悪い癖か、溜め息がこぼれる。毎日、たいした変化も無い日常に俺は飽き飽きしていた。一息つくと、いつものようにタバコを口にくわえて火を点けた。ぼんやりと目線を耽ると、先程、放り投げた封筒が机の上に見える。綺麗に、向きまでもが真っ直ぐに見事な着地を成功させていた。
『松岡 隆 様へ』と書かれたその封筒は、どこにでもある普通の封筒だ。こんなものを見ていても何もおもしろくはない。だが、俺はその中身を見て顔をしかめることとなったのだった。
『大山 愛子 を殺しなさい 年齢二十歳、住所――』
「殺しなさい? ふっ」
抜けるように鼻から息が漏れた。俺は鼻で笑っていた。馬鹿馬鹿しい。誰が好き好んで人を殺す? 見ず知らずの名前だった。続けて内容は。
『一週間以内に実行しない場合は、あなたの家族がどうなっても知りませんよ』
悪戯か? またまた馬鹿馬鹿しいと感じた。実行しないと、どうなると言うのだ。家族がどうなろうと知ったこっちゃない。
俺は、三年前に地元の高校を中退し、なかば勘当同然の状態で家を出ている。幼い頃からカメラが好きだった俺は、カメラマンになる夢を叶えるため、親の反対を押し切り、田舎を離れて町で一人暮らしを始めた。今年で二十歳だ。前なら、風景写真を撮ったり、店の宣伝写真を撮ったりしていた自分だったが、今では堕落し、芸能人のスキャンダルなど、非人事的行為を重ねている。ある種、犯罪まがいの事も行っていた。そんな俺だから、この種の嫌がらせも珍しいことではない。もし、俺が真に受け、同い年の愛子さんを殺しでもしたら、それこそ犯罪者だ。やっていい訳が無い。
どことなく胸に引っ掛かるものを感じたが、そんな手紙はゴミ箱へサヨナラした。
以前書いていたものをリライトしました。