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第九話 どうしてもお守りしたかった

 

 キースは少し体が弱かったが、風邪を引きやすいだけでけっして運動に制限があるわけではなかった。

 母の顔色を見て、遊ぶのを我慢し、勉強に向かっていたので、外で遊ぶ機会などなかっただけで。


『けど……そんなのバレたら……』

『奥様は今お茶会でここにはおりません。使用人の方には私が上手く言っておきますので、ご安心ください』

『本当……?』

『はい! 行きましょう!』


 そうしてフィオリナは、キースの母がいないのを見計らって、ときおり外に連れ出すことにした。

 これがフィオリナとキースが、ただの騎士と護衛対象から仲を深めることとなったきっかけだった。


 それからも、フィオリナはキースを気にかけた。


 ときには食堂で何か料理を分けてもらい、食事を抜かれたキースに届けたり、一緒に木登りをして遊んだり、キースが一人で眠るのが寂しいというときは、添い寝をして寝かしつけたり。


 そういうことを続けていくうちに、虐げられる機会が劇的に減った訳では無かったけれど、キースは少しずつ元気になり、笑顔を見せるようになっていった。


『フィオリナのおかげで、僕最近楽しいんだ』

『キース様…………』

『ありがとう! フィオリナ大好き!』

『私もキース様が大好きですよ!』


 そうして早一年、フィオリナは騎士としてずっとキースの側にいた。


 遊ぶのが適度な気分転換になったのか、キースの学力は飛躍的に向上し、身体も強くなった。泣いてばかりだったのに、それは少しずつ少なくなり、内向的な性格も、かなり明るくなった。


 フィオリナにとって、それはまるで自分のことのように嬉しく、幸せだった。


 けれど、現実は上手くいくことばかりではない。

 キースがどれだけ変わろうと、母の態度は変わらなかったのだ。



 それはある日、雨が降っていたときのことだった。


『もう! この問題間違えてるじゃない! 本当にお前は何にもできないわね! この愚図!!』

『ご、ごめん、なさい……っ、ごめんなさい……っ』


 怒鳴りつけるキースの母を、部屋の後方で見ているフィオリナは、バレないように拳をギュッと握りしめる。痛いほどに力を込めたそれは、手のひらに爪が食い込む程だった。


(我慢よ、我慢……可哀想だけれど、直接止めに入ることは出来ない)


 というのも、騎士の立場で余計なことに口を出すのは、という理由だけではなく。


『ねぇ! お前もそう思うでしょう!?』

『……申し訳ありません奥様、私には何とも。ああ、そういえば、以前の赤色のドレス、とてもお似合いでした。公爵様からも、さぞお褒めいただいたのでは?』

『あらっ〜! 分かる? お前の名前は……そう、フィオリナだったわね! フィオリナは今までの騎士と違って良く分かってるじゃない!』

『恐れ入ります』


 キースの母は、元王族ということもあってか、甘やかされて育ったからなのか、本人の元々の性格なのか、キースを虐げている様子からも分かるように、気性が激しく、短気だった。

 フィオリナはキースの護衛騎士になってから知ったのだが、彼女は気に入らない騎士は直ぐに交代させることで、有名だったのである。


 フィオリナの前任、そのまた前任も、半年も持たずに交代させられていたのだ。


 理由はどうあれ、騎士の交代を命じられるのは、騎士にとって不名誉だ。過去に、キースの専属護衛騎士を担当した者の中には、実家にまで影響が出た者までいたらしい。

 だからこそ、平民であるフィオリナがわざわざ転属してまで選ばれたのだ。


 近衛騎士たちは、自分たちに不利益が被る可能性が高い案件を、フィオリナに押し付けたのである。

 初の女性騎士で、実力もあるフィオリナを僻み、評判を落としてやろうという魂胆もそこにはあったのだが。


(私が止めることは簡単……それで不敬だと罵られても、減給をくらっても、構わない。けれど騎士を交代させられたら……またキース様が一人ぼっちになってしまう)


 一度はこのことを公爵に訴えてはどうかとキースに進言したこともあったが、そのときは実践には移らなかった。

 というのも、キースは父からもそれほど愛されている気がしていなかったからだ。絶対に庇ってくれるという自信も、試す勇気もなかった。


 フィオリナも公爵に会う機会は殆どないので人となりが分からず、自身も身寄りがなかったため、親心なるものがあまり分からなかったので、強く推すことは出来ず。


 フィオリナ自身が伝えるにしても、公爵がフィオリナの言葉を信じず、かつ告げ口がバレたときのことを考えると、ことは簡単ではなかった。


(最悪なのは、私が専属騎士を辞めさせられて、キース様への扱いがもっと酷くなること。これだけは阻止しなければ)


 証拠を集めるにしても、キースの母がいる前で変なことは出来ない。

 何より、キースは以前より元気になったため、ある意味、今言っても信憑性が薄かったし、身体に跡が残るような体罰はなかったので、その異常性を公爵に明確に伝えるのは容易ではなかったのだ。



 しかし時は平等に流れる。護衛騎士になってから一年半が経つ頃、フィオリナとキースはより仲を深めていた。


『ねぇ、フィオリナは好きな人とかいないの?』

『いませんねぇ〜。今はキース様のお側にいることが一番大切ですから!』

『じゃあ誰かと結婚したりしない?』

『ふふ、まず相手がいませんし。私よりキース様のほうがご結婚は早いかもしれませんね』

『じゃあ一緒にしよう? 結婚』

『あはは、良いですね〜それ!』


 同時期に結婚しようだなんて、まるで仲の良い友達のような会話だ。フィオリナはそう思って嬉しそうに答えるが、キースは思っていた反応とは違うようで、ぶすっと頬を膨らませる。


『フィオリナの分からずや!』

『えっ!? 私は何か変なことを!?』

『……いや、良いよ。フィオリナが鈍感なのは分かってるし、僕が結婚できる歳になったら毎日伝えるようにするから』

『……? はい、分かりました!』


『絶対分かってない』とポツリと呟いたキースの顔は、何やら不満気だ。

 泣いてばかりだったキースがそんなふうに表情をコロコロと変える姿に、フィオリナは嬉しさと、同時に自分の無力さを痛感する。


(聡明なキース様は、私が表立って庇えないことを理解してくださっているのだろう。だからこんなに慕ってくださって……なのに私は……根本的には何も変えられていない。どうしたら良いの。私にはまだ、何ができる……?)



 しかしどれだけ考えても、キースの母の行動に制限をかけたり、キースを虐げることを辞めさせる画期的な方法はフィオリナには思い付かなかった。

 唯一可能性があるのは、やはり公爵にこの事実を伝えることだろう。


 だからフィオリナは、今後役に立つかもしれないからと、キースが受けた仕打ちを日記に書き記すことにした。


 文字にすると改めてキースの境遇を憐れに思い、何もできない自分の無力さに悔しくて涙が溢れてくるけれど、それでも書き続け、キースの専属護衛になってからそろそろ二年が経とうという頃、とある事件が起きたのだった。



『嫌だよぉ……! フィオリナ死なないでぇ……っ!!』



 ◇◇◇



 意識がゆっくりと浮上する中、見慣れたような、それでいて久しぶりに見る天井に、ルピナスはすぐさま状況を理解した。


「日が落ちてる……かなり眠ってしまったのね」


 目が覚める間際、最期の瞬間の夢を見たルピナスは、左肩を優しく擦る。

 もう一度目を瞑って脳裏に浮かぶのは、横たわるフィオリナを見て、泣きじゃくるキースの姿だ。


「…………。って、感傷に浸ってる場合じゃないか。そろそろ呼びに来てくれる頃だろうし」


 ルピナスはゆっくりと起き上がると、手ぐしで髪の毛を整えてから、トランクに入れておいた壊れかけの髪留めで髪の毛を後ろで一つに纏める。


 直後に聞こえたノックの音に、「しっかりしなさい、私」とポツリと呟いてから、ドアノブを回したのだった。

読了ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] とてもワクワクしながら読ませて頂いてます。素敵な物語をありがとうございます(#^.^#)
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