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第八話 フィオリナと少年キース

誤字脱字報告、ありがとうございます……!

 

 一人きりになった部屋で、ルピナスはまずボロボロになったワンピースから別の服に着替えた。

 とはいえ、新しい服と言ってもレーナからお古にもらった古いデザインの薄汚れた白いワンピースだ。汚れのせいで、白よりも灰色のほうが近い気がするが。


 それからは騎士見習いの少年が昼食を持ってきてくれたのでお礼を言うと、ルピナスはそれをぺろりと完食する。


 大雑把な味付けだったが、騎士たちが食べるからかボリュームはあって、ルピナスとしては大満足であった。


「それにしても、まさかキース様が騎士団長になっているなんて」


 返し忘れてしまったキースの隊服を大切そうに抱えながら、ルピナスはボフッとベッドサイドに腰を下ろす。


 両腕を伸ばして白い隊服をじぃっと見つめれば、その大きさに、キースが大人になったことを改めて実感した。


「木登りしたら降りられなくて泣いたり、夜一人で眠れないって泣いてたキース様が……立派になられて……。けど、どうして、騎士になったんだろう?」


 ──もしかして私に憧れて目指したのだろうか。そんな都合の良いことを考えて、ルピナスはゆっくりと頭を振る。


「いくら二年間ずっとお側にいたとはいえ、流石にそれはないか」


 何にせよ、もう辛い思いをしていないならばそれで良いのだが、自身が死んでからのキースの詳細を知らないことにルピナスは頭を悩ます。


 ()()()()の後にどうなったのか、ハーベスティア家がどういう状況なのかは気になるが、社交界に一切出ていなかったルピナスには分からなかったのだ。


 本人に聞けば怪しまれるだろう。周りにこそこそ聞くのはキースの気分を害するだろうから、実質手段はないと言える。


(フィオリナとしての人生の唯一の心残りは、キース様の未来を見届けられなかったことね。まあ、今は生まれ変わったから見られるんだけど! 空白の期間のことは知らないし)


 とはいえ、騎士見習いとして過ごすうちに、もしかしたら知る機会はあるかもしれない。


 うん、と頷いたルピナスは、自分のことについても考えなければと頬にぱちんと気合を入れた。


(せっかくの第二の人生だもの! あんな家族のことはとりあえず忘れて、一年後の騎士昇格試験に受かるよう頑張ろう。まずはそこからだ)


 あとそれと、キースにフィオリナであることをバレないように行動すること。これも心掛けなければと思いながら、ルピナスはゴロンとベッドに四肢を預ける。


 フィオリナとルピナスの記憶が混ざりあい、脳が疲れたのか、長時間の移動や魔物と敵対したことで肉体の疲労がピークに達したからなのか、眠たくてたまらないのだ。


(…………あ、むりだ……おちる……)


 耐え難いほどに落ちてくる瞼に、ルピナスは目を閉じた。



 ◇◇◇



『フィオリナ、今日からお前は近衛騎士団に異動だ』


 十八歳のとき。当時の第一騎士団の団長に辞令を言い渡されたフィオリナは、慣れ親しんだ職場を離れることを寂しくは思いつつも、『了解です』と異動の支度を済ませた。


 平民出身の人間が近衛騎士団に入った前例はなく、特に女性初の騎士のフィオリナのそれは、まさに大抜擢だった。


(騎士として求められるなら、何だって頑張れる)


 近衛騎士団の人間は平民出身の騎士を嫌う節があることを知っていたフィオリナだったが、何も友達を作りに行く訳では無い。

 任された仕事を精一杯務めようと胸に決め、そして任された仕事が、当時まだ六歳のキースの護衛だった。



『キース様、専属護衛騎士を拝命いたしました、フィオリナと申します』

『……う、うん。よろしく、フィオリナ』


 まだ幼年の面影がある少年──キース・ハーベスティアは、王位継承権第四位の権利を持ち、公爵家の次男という誰もが羨むような出自である。


(どうして私をこの方の護衛に? わざわざ近衛騎士団に転属させてまで)


 見たところ、あまりにも暴君で歴代の騎士がお手上げ、という感じでもない。

 近衛騎士団の人間は貴族出身の者ばかりなので、これほど高貴な身分のキースとならば関係を作って置きたいと考えるのは、想像に容易いというのに。



 ルピナスは護衛を始めて三日目までは、特段何もなく仕事に当たっていた。

 キースは毎日部屋にこもって勉強をしているので、代り映えしないなぁ、と思うくらいで。 


 しかし、配属四日後。

 歳の割にやや低い身長も、栄養の行き届いていない身体も、フィオリナに見せた罪悪感を孕む瞳も、それらは全て、当時の国王の妹である実の母に、虐げられていたからだったと、知ることになる。


『お前は王族の血を引いてるのに、どうしてこんなに出来損ないなの!!』

『また風邪を引いたですって!? 勉強をしたくなくて嘘を吐いてるんでしょ!? 嘘つきには食事はありませんからね!』

『この愚図!! お前がちゃんとしないと……私が旦那様に愛してもらえないじゃない!!』


 王妹であるキースの母は、当時ハーベスティア公爵の後妻だった。

 王女が後妻に入るというのはそれほど多い話ではなかったが、相手が公爵家であること、政治的に互いに利があったこと、王女自らが公爵を夫にと望んだことで、それは叶った。


 そして公爵には前妻との間に子供がいた。公爵家長男である。キースとは十歳ほど歳が離れていて、身体が強く、聡明で、非常に優秀だった。


 公爵を愛するキースの母は、自身が産んだ子供──キースが、前妻の子供より見劣りするのが許せなかったのである。まるで、前妻の方が公爵の妻として優秀だったと思わせるから。


『僕がお義兄様みたいに何でもできたら……お母様はきっとあんなふうに怒らないんだ……っ』

『……そんな、お義兄様は御歳が十も上ではありませんか。比べる事自体がおかしいのです。キース様は大変優秀でいらっしゃいます。むしろお勉強を頑張り過ぎなくらいです。……ご自身を、責めないでください』


 自宅でも外出先でも、フィオリナは専属護衛騎士としてキースの側にいた。

 その度に母に対して文句を垂れるのではなく、自身を責めるキースを、フィオリナは何度も何度も励ました。いや、それしか出来なかったから。


(どうしたら、キース様が少しでも笑ってくださるだろう)


 騎士は、護衛対象であるキースを守ることが仕事だ。例えば暗殺者から、例えば事件などから。

 それで言えば、キースはときおり外出するときも、自宅にいるときも、今のところ安全であり、フィオリナが特段出しゃばる必要はないと言える。


 ──けれど、本当に、それで良いのか。


(このままじゃあ、命は無事でも、キース様の心が、死んでしまう)


 公爵は忙しく、ときおりキースと外に出るとき以外は会うことはない。義兄は二年ほど前から留学しており、物理的にキースの側にはいない。


 使用人たちは、女主人であるキースの母がやることに対して口を出せるはずもなく、見て見ぬふりしか出来ない。


(だめだ……このままじゃ、こんなのじゃあ私は、キース様を護ってるなんて、言えない)


 だからフィオリナはキースの心を守るために、少しだけ騎士の道から外れることにした。


『キース様。今日は天気が良いので、勉強はそのくらいにして、外に出てみませんか? たまには思い切り体を動かしてみましょう!』

読了ありがとうございました。

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