最終話 「 」騎士様
──キースの求婚を受けてから、約三ヶ月後。
普段着とは程遠い、純白のドレスを身に纏い、かれこれ二時間はドレッサーの椅子に座りっぱなしのルピナスは、少し呆れたようにぼやいた。
「それにしてもキース様、たしかに私は三ヶ月ほど結婚は待ってほしいとは言いましたが、まさか騎士昇格試験の次の日に結婚式をするだなんて夢にも思いませんでした。もし私が試験に落ちたらどうするつもりだったんですか……」
首元には美しい装飾の付いた生地。ドレスはふんわりとさせ過ぎず、ややエレガントな印象なものを選んだ。
髪の毛は後れ毛を出して、長い後ろ髪は巻いてからアップにし、ティアラにはキースの髪の毛の色と酷似したアメジストが埋め込まれている。
ルピナスの仕上がりに「かんっぺき!」と言って満足げに控室から去って行った女性に感謝の言葉を述べてから、交代するように入ってきたキースの顔は、それはもう見ていられないくらいに破顔していたのは記憶に新しい。
「綺麗だ」「可愛い」「まだ夢みたいだ」と言い続けるタキシード姿のキースにルピナスも内心ドキドキしつつ、流石に言わせてほしいとぼやいた言葉に、キースはサラリと答えた。
「ルピナスの実力ならそれは無いだろう。現に余裕で合格だ。それも傷一つ無くな」
「それは……そうでしたが」
ルピナスのけじめとは、騎士昇格試験に無事受かることだった。
騎士見習いとしてではなく、一人の騎士として、キースと対等な立場で、生涯の伴侶になりたかったのである。
「コニーも受かったし、良かったな」
「はい! 昨夜の昇格祝いの席では皆さんにもお祝いしてもらえて本当に嬉しかったです。……ただ、皆さん今日は大丈夫なのでしょうか……? 二日酔いなのでは? かなり酔ってましたし……」
「問題ない。昨日の酒は事前にアルコールが含まれないものに変えておいた。あいつらは雰囲気に酔ってただけだ」
「な、なるほど……」
(いつの間にそんなことを……)
キースのやり口と、団員たちが素面なのにあの騒ぎようだったのかと驚く中、二人きりの控室で、キースはおもむろにルピナスを後ろから抱き締めた。
「本当に綺麗だ……皆に見せるのが惜しい。こんなの全員ルピナスに惚れてしまう」
「な、何言ってるんですか……! キース様だって……! タキシード姿が格好良すぎて……その……」
恥ずかしくなって言葉尻が小さくなると同時に、かあっと赤くなった顔がドレッサーの鏡に映し出される。
恥ずかしくて手で隠そうとするけれど、折角の化粧が崩れてしまうのではと躊躇うと、その手はキースに優しく捕えられてしまっていた。
「……ほんと、ルピナスは可愛いな」
そして、シルクの純白グローブに包まれた指先に、キースは控えめなキスを落とす。
ルピナスは恥ずかしさで、身体がピクリと跳ねた。
「もう少ししたら、皆の前で誓いのキスするんだ。……ふ、その調子で大丈夫か?」
「大丈夫じゃ……ないかもしれません……」
「そうか。なら、練習しておこうか」
(それって……つまり……今からキスを!?)
鏡越しに微笑を浮かべるキースの思惑が理解出来たルピナスは、後ろから抱き締めているキースに構うことなく、ガタンと音を立てて思い切り立ち上がった。
「ダメです……! キース様、絶対一回じゃ止まりませんし! それに、今したら真っ赤な顔で入場になるじゃないですか! 口紅も取れてしまいます……!」
「それは残念。だが分かった。それなら今日の夜──初夜にたっぷりとな」
「〜〜っ!!」
すると、控室がノックされ、直後に開く。
介添人が「そろそろ移動をお願いいたします」と言って案内をしてくれたので、ルピナスはキースと腕を組み、誓いを立てる教会の扉の前へと足を進めた。
「ついに、ですね……」
「ああ、そうだな。緊張しているか?」
合図があるまで待機と言われたルピナスは、やや不安げな面持ちだった。
そんなルピナスは深呼吸を繰り返し、周りとは距離があることを確認してからポツリと呟く。
「はい。正直、物凄く緊張しています。それに未だに、キース様と結婚するなんて夢を見ているみたいで……」
「まだ俺のことが子供に見えるか?」
「いえ! 決してそうではありません。……前世では平民で、今世では傷物令嬢だなんて呼ばれていたので……キース様のような素敵な方と結婚できるだなんて、夢みたいだなぁ、と。……騎士としても、キース様の妻としても、今まで以上に頑張らなければいけないなと、そう、考えていました」
少しぎこちないながらも、そう言って笑うルピナスに、キースは愛おしさが込み上げてきて堪らなかった。
キースとしては絶対に叶わない恋だと思っていたのに、今こうして、共に結婚式を迎えようとしているのだ。
それだけで十分で、もうこれ以上の幸せは無いだろうと思っていたというのに。
「……むしろ、未だにこの現実が信じられないのは俺の方だよ」
「えっ」
「それに、頑張らないといけないのは俺の方だ。ルピナスはこの国の英雄で、先日の式典の爵位授与式で、この国初の男爵位を授かった女性なんだからな」
──先日の式典にて。討伐任務での功績が認められたルピナスは、アスティライト王国始まって以来、初めて女性で男爵位を賜った。
聞いた話では、どうやらルピナスに爵位を進言したのはセリオンらしく、その意図としては、キースとの今後を考えてのことだった。
というのも、現時点ではキースは次男のため、ハーベスティア公爵家を継ぐことはないが、長男に何かがあった場合、キースが公爵の爵位を継ぐ可能性はある。
しかし、ルピナスの生家は一ヶ月前に没落してしまっており、今は平民という立場だった。
もしキースが家を継ぐことになったとき、流石に公爵家の妻が平民というのは体裁が悪い。
いくら名誉騎士の称号を持っており、国の英雄だと讃えられていたとしても、平民という立場が今後ルピナスを傷付けないとは言い切れなかった。
そこで、セリオンは国王にルピナスに男爵位を与えてはどうかと進言したのだ。
何事にも派手好きな国王は、それは良い! と一言返事したらしい。
「なんだか自分に爵位があるなんて不思議ですが……キース様と一緒になるのなら、持っていて不利になることはありませんし、セリオン様に感謝ですね」
「ああ。……と、そろそろ時間みたいだぞ、ルピナス」
入場の時間になったのだろう。二人の介添人が、ゆっくりと扉に手をかける。
そろそろ扉が開くというとき、やや緊張が解けたルピナスに、キースは優しい声色で囁いた。
「最後に少しだけ話しても良いか?」
「はい、もちろんです」
「前世で最期に君が言った約束、覚えているか?」
忘れもしない。死ぬ間際に、一番に願ったことだ。
「……はい。幸せに、なってください、と」
──キィ、と少しずつ扉が開く。二人の視界には、参列者全員が起立し、こちらに柔らかな笑顔で拍手をしている、そんな姿が映った。
「君が傍にいてくれるなら、俺はやっとその約束が果たせそうだ」
──ラーニャ、アイリーン、リリーシュ。
「俺を幸せにしてくれてありがとう、ルピナス。愛してるよ」
──セリオン、マーチス、コニーたち。
「キース様……っ、今から入場なのに、泣かせないでください……っ」
穏やかに笑う大切な人たちの顔が、ぼやけてしまいそうになるのをルピナスは必死に堪えながら、隣のキースを、柔らかな瞳で見つめ返した。
「私も今、とても幸せです。ずっと愛してくださって、ありがとうございます。それに」
「これからも愛しています。私だけの『愛しの騎士様』」
〜完〜
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