第七話 十八年ぶりの騎士団寮
団長室に到着してからの話は、大方予想通りのものだった。
まずは、改めてルピナスに対しての聞き取り。名前、年齢、病気の有無や、騎士見習いをするにあたって、家事の経験があるかなどの確認。
それからは簡単な騎士団塔の配置図を渡され、普段騎士たちが住まう騎士団寮の場所、訓練を行う訓練場、食事はどこで食べるかなど、様々なことを説明され、改めて騎士見習い制度についての確認を済ませた。
「今日は忙しいため説明を省かせてもらったが、大丈夫か?」
「はい! 大丈夫です!」
「団員への紹介は夕食のときにでもする。今日の夜七時に騎士見習いに君の部屋を訪ねるよう伝えておくから、それまではゆっくりしていてくれ。あとで昼食も運ばせよう」
「はい。分かりました。ありがとうございます」
「ああ、あとそれと、もう一度配置図を見てくれ」
骨ばったキースの人差し指が、ローテーブルに置かれた配置図の騎士団塔を指差す。そしてその指は、ずず……と横に動いた。
「今居るのは初めに指を指した騎士団塔。正式名称は第一騎士団塔だ。それで今指しているのが、近衛騎士団塔」
ここアスティライト王国では、騎士は大きく三つに分けられている。
王族の身辺護衛や式典の対応を主に担当する騎士の花形──近衛騎士団。
王都の巡回や、王都や郊外に現れる魔物の討伐、主に治安維持を担当する──第一騎士団。
辺境地での魔物の討伐や、辺境警備を主に担当する──第二騎士団。
第二騎士団は主に辺境で仕事に励んでいるので、宮殿内に第二騎士団塔は設けられていない。王都に来るときは、第一騎士団の騎士団寮を間借りするのが通常である。
「近衛騎士団について、知識はあるか?」
「一般的なことでしたら、多少は」
ルピナスは唇をピクピクとさせながら、喉まで出かかった言葉を抑える。
(いや、だって私……前世では第一騎士団で三年、近衛騎士団で二年務めてるし。そりゃあ内部のことも詳しいけども。……うん、知らないふり、知らないふり)
「そうか」と抑揚のない声色で言い放ったキースは、切れ長の目でルピナスの大きな瞳を捉えた。
「近衛騎士団はプライドの塊のような人間が多くてな。騎士見習いや騎士見習い制度で騎士になった人間を嫌う節がある。塔は違うと言っても連絡通路があるから共有部分も存在するから、そちらには出来るだけ近付くな。絡まれたら面倒だから、一応な」
「はい、分かりました」
(私が二年間、近衛騎士団所属になったのは、当時の近衛騎士団長の推薦だったっけ。半分嫌がらせのつもりだったんだろうけど。……ま、それで弟のように可愛いキース様の護衛になれたんだから、全く恨んではないけどね!)
因みに、キースはハーベスティア公爵家の人間だが、キースの母が王妹ということで、王家の血筋を引き、王位継承権を持つキースは王族である。
だから前世では、フィオリナが近衛騎士として少年キースの護衛を担当していたのだ。
「よし、それなら話は終わりだ。騎士団寮まで送る」
「それなら配置図を見れば……」
「場所は分かっても、どの部屋かまでは分からないだろ。良いから行くぞ」
「あっ、はい……!」
忙しいと言いながらも、しっかりと騎士見習いの面倒をみるあたり、キースは根本的な部分は昔と変わらないのだろう。
年齢は年上になり、騎士団長になり、体格も頭一つ分以上はゆうに高く、声も驚くほどに低くなった。
泣かない代わりに、今のところ笑顔も見られず、表情や瞳はかなり冷たい。
けれど、騎士見習いであるルピナスに、忙しい中時間を割いたり、隊服を貸してくれたり、忠告をしてくれたり、優しいのは間違いないのだから。
「おい、何をニヤけてる」
「……! いえ! 何でもありません!」
変わったところも多いが、優しいところが変わっていないところが嬉しくて、ルピナスはついついニヤけてしまう口元を片手で隠す。
フィオリナのときは家族がおらず、親戚をたらい回しにされ、ルピナスとして生まれ変わってからは、家族に虐げられっぱなしだった。そんなルピナスは、家族について何かを語れるようなほどの経験はしてきていないけれど。
(多分これは、弟が立派に育ってくれたなぁって思う気持ちね。……実際は弟だなんて思ってはいけない、王族と騎士の関係だけど。思うだけならタダだしね)
ルピナスに生暖かい瞳で見つめられたキースが、少し気まずそうに目を逸らす。
「置いて行くぞ」と冷たく呟いたキースを、ルピナスは慌てて追いかけるのだった。
そうしてキースの後についていき、案内された騎士団寮のとある部屋で、ルピナスは再びやらかすこととなる。
「この、部屋は──」
纏められたカーテンから見える大きな窓からは、心地良い太陽の光が差し込む。
部屋の端には、騎士には体格が大きい者も多いためか、大きめのシンプルなベッドが置かれており、その反対側には壁付けの木のテーブル。入り口のすぐ横の扉には小さなバスルームとトイレがついていて、食事以外はこの部屋で完結する作りになっている。
(フィオリナの、部屋だ……)
当時、フィオリナは歴代の騎士で初めての女性騎士だった。
そのため、部屋は二人一組だったし、トイレやバスルームは全て共同だったのだ。
(トイレはまだしも、お風呂はいつも大変だったな)
人の良い第一騎士団の団員たちは、フィオリナのために色々と工夫してくれたが、それでも実際は苦労が多かった。
だからフィオリナは、騎士になってから、必死にお金をためて当時の第一騎士団長に一部屋改造してほしいと交渉したのだ。
当時の第一騎士団で団長、副団長に続いて三番手の実力の持ち主だったフィオリナのその要望は聞き入れられ、フィオリナだけの部屋が完成したことは、まるで昨日のことのように思い出される。
(部屋ができてすぐに近衛騎士団配属になって、この部屋にはあまり長くは住めなかったっけ。でも、キース様の専属護衛になってからはハーベスティア邸に住み込みだったし、立派な部屋をいただけたから全く不便はなかったけれど)
ルピナスが首を左右上下に動かしながら、部屋のあちこちを見て回ると、キースはその様子をじっと見つめる。
「気に入ったか?」
「は、はい! ありがとうございます!」
「実はこの部屋は、過去に唯一女性騎士として活躍した女性が、自ら改造した部屋なんだ」
それ、私です。とは言えず、ルピナスは「そうなんですね」と当たり障りのない答えを口にする。
(確か、部屋の改造のことは、キース様にお話したっけ)
厳密には改造するためのお金を用意し、直談判をしただけなのだが。とは、ルピナスの姿で言えるはずもなく。
「彼女は昔、幼い俺の護衛騎士も担ってくれていた、強くて、優しくて、俺にとって……とても大切な人だ」
「…………っ」
今世で出会ってから、初めて見せる切なそうな瞳のキースに、ルピナスの心はズキンと音を立てる。
(ずっとお側には居られなかったのに……。騎士だった私のことをそんなふうに……あのときは私しか味方がいなかったからだろうけど、嬉しいな……けどやっぱり……)
その辛そうな瞳は、フィオリナを思い出すと同時に、家族との辛い思い出も蘇っているのではないか。
そう考えたルピナスは、改めてフィオリナの生まれ変わりであることを、前世の記憶を持つことを、隠し通さなければと胸に固く刻み込む。
キースは表情を普段通りに戻すと、「そういえば」とルピナスを見つめた。
「まだ言っていなかったな。今日は仲間を救ってくれて助かった。礼を言う」
「……いえ、そんな! お役に立てて、何よりです」
「……が、君は女性だ。差別するつもりはないが、男所帯の騎士団では、自分の肌はそう易々と晒すな……って、その手はなんだ」
「えっ」
ルピナスは話の途中から、自身の両手で顔を覆い隠していた。
突然の意味不明なルピナスの行動に、キースは低い声で問いかける。
ルピナスは無意識の行動だったので、咄嗟に手を元の位置に戻すと、慌てて口を開いた。その頬は、ほんのりと赤い。
「もも、申し訳ありません……! その、……女の子扱いされると、どうにも顔を隠してしまう癖がありまして……毎回ではないのですが……」
「…………!」
キースの眉間にぐぐぐ、と皺ができる。
何か怒らせてしまったのだろうかと、ルピナスがもう一度謝罪すると、キースは「謝らなくて良い」と言って、部屋のドアノブに手をかけた。
「さっき話した女性も、君と同じ癖を持っていたから、驚いただけだ。では、また夜に」
──パタン。
扉が閉まり、ルピナスはよたよたと歩いてベッドサイドに座り込む。
「これは……割とすぐバレそうな気がする」
ハァ……と大きくため息をついて、前世と比べて体力の低い身体をベッドに投げ打った。
「あ! 隊服返すの忘れてる……」
読了ありがとうございました。
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