第六十八話 聞き耳にご用心
討伐任務からちょうど二週間経った頃。
ルピナスが第一騎士団の騎士見習いとして勤め始めてから、もう三ヶ月が過ぎようとしていた。
「ルピナス〜! 足が治ったからって張り切り過ぎだよ! 少しは休憩しなくちゃ!」
「だめよ! 怪我のせいでコニーや皆に迷惑をかけたんだし、これくらいさせて? それにほら、お医者様も制限はしなくて良いって言ってたし!」
「そうは言ってもなぁ……」
つい先日、ルピナスは定期検診で、医者から全快との診断を受けた。
これも、セリオンが治癒魔法が使える魔術師を定期的にルピナスの元へ通わせてくれたおかげである。
自然治癒の何倍も早く仕事に完全復帰できたルピナスは、ようやく身体を自由に動かせる喜びと、仲間たちにこれ以上負担をかけずに済むことから、騎士団名物の廊下掃除だって朝飯前だった。
「ほんと、ルピナスって働き者だよね……団長とそっくりだ」
「キース様には敵わないわよ……退院してきた次の日に溜まった書類を殆ど片付けて、皆の訓練の様子を毎日見て、事細かくアドバイスをくださるし……」
キースが退院してきたのは、つい数日前のことである。
ルピナスの怪我よりも傷が深かったことから、まだ激しい運動はしないよう医者から言われているみたいだが、日常生活には殆ど制限がないらしい。
「けどこれで、マーちゃんも肩の荷が下りただろうね。いつもおちゃらけてるけど、今回ばかりは必死の形相だったから……」
「確かに……睡眠不足で肌がボロボロよぉ、って愚痴ってたものね」
キースが入院している間はマーチスが団長代理を務めていた。
だが、元から書類仕事が得意ではなかったことと、ルピナスたちの見舞いや、他に軽症を負った団員たちの体調、メンタルの管理、毎日途切れることのない任務に、毎日ヘトヘトで書類仕事まで手が回らなかったらしい。
流石のキースも、やつれたマーチスの姿に「苦労をかけた」と労りの言葉をかけており、マーチスが号泣したのは良い思い出である。
「あ、ルピちゃんいたぁー!!」
数日前のキースとマーチスのことを話していると、独特な口調の美麗な男性──マーチスが遠くから駆けてくる。
キースが戻ってきてくれたおかげで、以前のような艶々とした髪に、ハリのある肌を取り戻したマーチスは、ルピナスの前で立ち止まると、肩をガッと掴んだ。
「ルピちゃん! お願いがあるのよぉ!!」
「は、はい! 何でしょう……?」
「キースがぜんっぜん休まないの!! 一応あれでも病み上がりだから、無理させたらまずいじゃなぁい!? もし傷口が開いて再入院になんてなったら、あたしの身がもたないわぁ!!」
「……そ、そうですね?」
キースの心配と見せかけて自分の心配をするあたり、マーチスはなんだかんだ良い性格をしている。
肩を前後に揺さぶられ、ルピナスの頭はぐわんぐわんと揺れ動く中、マーチスは言葉を続けた。
「だからねぇ!? キースに休むよう言ってほしいのよぉ! あたしのために!! ね!?」
「な、なるほど……」
「マーちゃんのためっていうのがあれだけど、ルピナスも働きすぎだから、団長と一緒に休んだほうが良いよ。というかほら、ルピナスが一緒に休憩しようっていえば、団長も休憩すると思うし。というかするよ絶対」
「コニー良いこと言うわねぇ!! そうと決まれば善は急げよぉ!!」
「えっ!? ちょっ──」
◇◇◇
「──で、無理矢理ここに連れて来られたと」
「そういうことです……申し訳ありません……」
ソファの端にちょこんと腰を下ろしたルピナスは、苦笑いで頭を下げる。
──ここは団長室。
マーチスに半ば無理矢理連れて来られたルピナスからことのあらましを聞いたキースは、ルピナスの隣に腰を下ろすと、彼女の頭にぽんと手を置いた。
「謝らなくて良い。ルピナスは何も悪くないだろ」
「しかし現にお仕事の邪魔をしてしまっていますし……。いや、私も休憩してほしいとは思ってるんですが、仕事には切りの良し悪しがあるじゃないですか」
「まあ、それはそうだが。ルピナスと一緒にゆっくり出来るなら、別にそんなことは些細な問題だから構わない」
「…………っ」
執務用のデスクには、今から処理しようとしていたと思われる書類がいくつかある。
邪魔をしてしまったことをルピナスは申し訳ないとも思いつつも、両思いになってから初めてゆっくりと二人きりになれるこの瞬間が、嬉しくて堪らないのも事実だった。
キースは隣で気恥ずかしそうにするルピナスに小さく微笑んでから、膝の上にちょこんと置かれた手を丁寧に絡ませると口を開いた。
「式典、来月だな」
「あっ、えっ、そう、ですね」
「ふ、何でそんなに緊張してるんだ」
「そ、それはーーえっとですね……」
(そんなの、好きって伝えてから初めてまともに二人きりになったからですよ……!!)
思いが通じ合ってからというもの、互いに忙しかったため、こんなふうにゆっくり座って話したことがなかったのだ。
それに加えて、好き同士になったからなのか、今までよりもより一層空気感が甘くなった気がしたルピナスは、口ごもってキュッと唇を結ぶ。
「はは、耳まで赤くなってる。可愛い」
「……っ、また、そういうことを……」
「そりゃあ、言うだろ。やっとルピナスが想いに応えてくれたんだ。本当は式典のときにルピナスは俺の恋人だって言いふらしてやろうとも考えたが、流石にそれをしたら引かれるかもしれないと思って我慢することにした」
「それは切実に我慢してください……」
ことルピナスに関しては、キースは割りと節操がないため、その話も冗談ではないのだろう。
「本当にやめてくださいね!?」とルピナスが念押しすると、キースはコクリと頷いて、ぐいと顔を近付けた。
「でだ、折角二人きりになったから、これからの話がしたいんだが」
「と、言いますと……?」
今度どこにデートに行くか、というような話だろうかと思っていたルピナスだったが、次のキースの言葉に面食らうことになる。
「今すぐにでもルピナスと結婚したい。……俺と、結婚してください」
「えっ」
突然の求婚に、ルピナスはピシャリと固まった。
(いや、突然じゃ、ない? そういえばキース様、告白してくださったときから妻に迎えたいって言っていた気が……)
フィオリナの生まれ変わりであることがバレたとき、既に求婚されていたことを思い出したルピナスは、燃えそうなほど熱くなる全身に困惑しながら、口を震わせる。
「けっこんって、あのけっこんですよね……?」
「……どの結婚かは知らないが、夫婦になる契りを結ぶ、あの結婚だ。ルピナスさえ良ければ、すぐに結婚したい。俺は一日でも早く、ルピナスに妻になって欲しい。俺を、君の夫にしてくれないか」
「〜〜っ!!」
そう、蕩けるような甘い笑顔と声で求婚してくるキースに対して、心臓が飛び出そうになるほどの鼓動が鳴る。
ルピナスは驚きや戸惑い、緊張や羞恥心で胸がいっぱいになりながらも、何よりも求婚を喜ぶ自分自身の気持ちに素直にならなければと、意を決した。
「……キース様、私──」
「ちょ、ちょっとあんたたち、押さないでぇ! 押さないでったらぁ!! きゃぁぁあ!!」
「「…………!?」」
──しかし、ルピナスの口から、求婚に対する返答が出ることはなかった。
マーチスを含めた屈強な団員たちが団長室の前で聞き耳を立てており、体重を乗せすぎたせいで扉が壊れ、ぞろぞろと団長室へと流れ込んできたからである。
「み、皆何して……っ」
「マーチス……お前ら……。覚悟は出来てるんだろうな?」
「「「ぎょあああああ!!!」」」
明日、あと2話投稿して最終話となります。
よろしくお願いいたします!