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第六十四話 そう、君に誓ったから

 

「……っ、ハァ、私も貴方も、満身創痍ね……」


 ──あれから、十分ほどワイバーンと死闘を繰り広げた。


 太腿にはワイバーンの爪に引っ掻かれた深い傷があり、加えて全身に数え切れないほどの浅い傷を負っているルピナスは、地面に膝を突いた。


「ねぇ、ワイバーン」


 そうワイバーンに語りかけたルピナスの目線は、地面にある。


 ルピナスの攻撃により、ワイバーンは片翼を切り落とされ、腹部に大ダメージを負っているその様は、まさに風前の灯だった。


「……っ、貴方も苦しいでしょ……早くとどめを刺して、楽にするから」


 もはやこのワイバーンは生き延びたとて、魔物が住まうこの森で生きていくことは叶わないだろう。


 片翼しかなければ飛行することもできず、棲家を替えることも叶わないはず。それなら一思いにと、ルピナスは歯を食いしばって立ち上がる。


 大量の出血で意識が遠退くなるのを必死に耐えながら、ルピナスは刀を振り被った。


「…………なっ!?」


 ──しかし、その時だった。


 もはやあとは死を待つだけだったはずのワイバーンが、最後の力を振り絞って咆哮を上げたのである。


「…………っ」


 咄嗟に耳を塞いだルピナスだったが、少し遅かったのか、バタンとその場に倒れてしまう。


 ギリギリ意識はあるものの、聴覚器官にダメージを受けたからか、音が殆ど聞こえず、加えて平衡感覚を保っていられなかった。


(ま、ずい……っ)


 そんな中、ワイバーンは這うようにしてゆっくりとルピナスに近付いて来る。


 噛み付かれても、爪で引っ掻かれても、間違いなく死ぬことは目に見えている絶体絶命の状態の中、頭に浮かんだのはキースのことだった。


(キース様……ごめんなさい……私はまた、貴方より先に死んでしまうみたいです)


 前世でフィオリナは、自身の弱さを憎んだ。


 キースを守れたことは誇りだったけれど、死に際の泣きじゃくるキースを見て、再会してから「俺のせいでごめん」と謝罪する彼を見て、生きていられたらと、どれだけ思っただろう。


「キース、様……」


 それでも生まれ変わって、再び出会えた。何度も愛の言葉を囁かれ、そしてルピナスもまた、キースを愛したというのに。


 結局、自覚しただけで想いを伝えることは出来なかった。


(ああ……だめ……意識が……)


 意識も遠退く中、ルピナスは本能的に直ぐそこにワイバーンが居ることには気付いたものの、もう指一本さえ動かなかった。


 ワイバーンが鋭い爪を振り上げたのを、風の流れで感じ取ったルピナスの目尻から一筋の涙が溢れ、それは地面を濡らす。


 そうしてルピナスは、ワイバーンの爪が振り下ろされる直前、ポツリと呟いた。



「キース様……ごめ、なさい……」


「──────!!」


 びゅんっと、激しい風が吹き荒れた。それは、ワイバーンが思い切り爪を振り下ろした証拠だった。


 だというのに、どうしてなのだろう。


(痛く、ない……どう、して……)


 うつ伏せで倒れているルピナスには、すぐには理解出来なかったが、掠れた視界で捉えた、雨のようにポタポタと降ってくる血と、同時に聴覚が少し回復したおかげで聞こえてきた、掠れた吐息の音で、嫌でも状況が理解出来てしまった。


 吐息の音だけでも、ルピナスが彼を間違えるはずなかったから。


「キース、様……」

「ルピ、ナス……っ、大丈夫か……?」


 愛おしくて仕方が無い人の、苦痛を孕んだその声に、ルピナスは息の根を吹き返したように仰向けに身体を回転させた。


 するとそこには、自身を庇うように四つん這いになって、左肩から大量の血を流しているキースの姿があったのだった。


「……っ、いや、そんな……っ」

「間に合って、良かった……。ほんと、は掠り傷さえ、付けさせたくなかったんだ、が……遅くなって、悪い……っ」


 ワイバーンはその瞬間、全身の力が抜けたように、ドスンと地面にひれ伏せた。

 おそらく最後の力を使い切ったのだろう。もう動く気配はない。


 そんな中で、(おびただ)しい量の血が、ルピナスの胸元辺りを濡らした。

 じんわりと温かく、さらりとしたそれは、留まることを知らないのか流れ続けている。


「そんな、うそ、どうして、キース様が……な、んで……っ」


 両耳をずぶ濡れにするほどの大粒の涙で、ルピナスの視界が歪む。

 同時に、痛みによって力が入らなくなったのか、キースはドサリとルピナスに覆いかぶさった。


 ルピナスはもぞもぞと腕を動かすと、その手をキースの背中に回し、片手は肩の傷を手で押えた。 

 少しでも血が止まってほしい、魔術師たちが来るまでどうにか処置をと考えた、今のルピナスができる唯一のことだったから。


「キース様ぁ……っ! キース様ぁ……!! しっかりしてください……!!」

「……大丈夫、これくらい、じゃあ、死なない」

「……っ」


 そう言って、首筋あたりに触れるキースの唇が、弛く弧を描く。

 肌越しにそれを感じ取ったルピナスは、大きく声を荒らげた。


「なん、で、笑っているんですか……!! 私のこと庇って……っ、大怪我して……っ! ……っ、何で……!」

「だって、誓った、から」

「……っ!?」


 意味が分からず、ルピナスが瞠目する。


 一瞬だけ掠れた視界がクリアになり、映る青空があまりにも綺麗なことに、何故だかまた涙が溢れ出した。



「もう絶対に、先に死なせない。……これから、何があっても……っ、俺が君を、守るって……そう、誓った……か……ら…………」


 尻すぼみに消えかかっていくキースの声に、ルピナスは下唇を噛み締め、再び小さく口を開く。


「キース、様……?」

「………………」

「キース様ぁぁあ……!!!」


 首元で動かなくなった唇。何だか触れている部分が冷たいように感じるのも、きっと勘違いではないのだろう。


「…………っ」


 けれど、まだ僅かに息がある。触れ合っている部分から、キースの小さな鼓動が聞こえる。


「まだ、生きてる……まだ、生きてるんだから……絶対に、諦めない……!!」


 ──絶対に死なせない。絶対に生きて帰って、感謝の気持を、自分の想いを伝えなきゃ。


 ルピナスは思い切り息を吸うと、今度は大きく口を開いた。


「誰かぁぁあ!! ここに重症者がいるから来てぇ……!! キース様を助けてぇ!!!」


「おいっ、今こっちから声が──…………」

「…………!」


 先程まで一緒にいた、後方支援の魔術師たちの声と、どんどん近づいてくる足音。

「大丈夫か!?」「早く治癒魔法を……!!」という声が間近で聞こえたときには、仲間たちがキースに手を翳して治癒を施し始めていた。


(良かった……これで……)


 前世で生涯を終えた十八年前と比べ、現在は治癒魔法の精度が格段に上がっているという話を、ルピナスは以前セリオンから聞いたことがあった。


 だから、きっと大丈夫、絶対にキースは大丈夫だとルピナスは自身に言い聞かせ、何か自分にも手伝えることがあるならば協力したいと思うものの。


(……だ、め、わたしも、もう、意識が──)


 キースが治癒魔法を施されているのを目にしたら、一気に安堵が襲ってきたらしい。ついでに自身も太腿の大量出血があることから、もう目を開けていられなかった。


「おね、が、い……キース様を……たす、け……て……」


 その言葉を残して、ルピナスは暗闇に落ちていった。

 目尻から耳にかけて、くっきりと涙の跡を残して。

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