第六十三話 ワイバーンとの遭遇
ついに討伐任務がスタートし、一同は郊外にある森に入っていた。
偵察部隊によれば、三つの地点に魔物が集まっているらしく、騎士団と魔術師団も三つに分けられることになった。
キースが率いる第一部隊、セリオンが率いる第二部隊、近衛騎士団長が率いる第三部隊に別れており、ルピナスは第一部隊の中の後方支援部隊である。
後方部隊には、治癒専門の魔術師が多い。そんな魔術師を守るための騎士数名と共に、ルピナスはこれから怪我を負った団員たちの処置に当たることが仕事だった。
魔力量にも限りがあるため、重症の者には治癒魔法を、軽症ならばルピナスや他の団員も応急処置を行う手筈になっている。
「そろそろ偵察部隊の報告にあった魔物の棲家に到着する! 皆集中しろ!」
「「はい!」」
部隊は長い隊列を組んでいるものの、キースの声は後方支援のルピナスにもよく届いた。
ルピナスも返事をすると、改めて気を引き締める。
「ルピナス、僕は魔術師たちの前方に行くから、最後尾の警戒を頼む」
「はい、分かりました!」
第一騎士団の見慣れた団員の指示に従い、ルピナスは最後尾に列を移した。
基本的には前方の騎士と攻撃魔法を使える魔術師たちが魔物の処理に当たるとはいえ、回復魔法を使える魔術師たちの存在は任務の成功には欠かせない貴重な存在であるため、一瞬たりとも気は抜けなかった。
(そろそろ前方で闘いが始まる。私は私の仕事をしなくちゃ)
そうして、前方での激しい戦いが幕を切った。
「数は多いが弱い個体が殆どだ!! 一気に殲滅させるぞ!!」
「「おおおお!!」」
戦闘から離れた位置にテントを張り、簡易的な救護室を作ったルピナスたちは、次々に来る怪我人たちの治療に当たる。
しかし殆どの団員たちは軽症であり、止血して再び戦闘に戻る者や、回復魔法で十分に回復できるレベルの者ばかりだ。
「思っていたよりも軽症の人が多いですね!」
「そうだな。これなら案外余裕なんじゃないか?」
後方支援の者たちからも、希望の声が漏れる。
(油断は出来ない……出来ないけれど、確かにこれならほとんど被害を出さずに魔物の討伐が完了するかもしれない……!)
第二部隊、第三部隊からも、魔物の殲滅が順調に進んでいるとの報告が上がっており、それがより闘う騎士や魔術師の士気を高めた。
しかし、ルピナスを含めた団員たちの淡い期待は、儚く散ってしまうことになる。
それは魔物の棲家にいた死にかけの魔物が「ギィィィ!!!」と耳を塞ぎたくなるほどの咆哮を上げた直後だった。
「あれ……急に暗くなった……?」
誰かが言ったその言葉で、直接魔物と対峙していない後方支援の一同は、揃えたように天を見上げた。
「な、なんだよ、あれ……っ」
ドラゴンの頭、コウモリの翼、一対のワシの脚にヘビの尾、尾の先端には矢尻のようなトゲがあるそれは、魔物の中でも上位の強さを誇る魔物だった。
「あれは……ワイバーン」
実物を見たことはなかったが、魔物に関してかなりの知識を誇るルピナスは、その名をポツリと呟いた。
「ワ、ワイバーンだって!? ワイバーンの報告例なんて偵察隊からはなかったのに……!!」
「さっき咆哮が聞こえました。もしかしたら、それを聞きつけて現れたのかもしれません!」
ワイバーンの心情も、どうして現れたのかという理由も確かめようはないが、今はそんなことはどうでも良い。
後方部隊とほど近い距離に降下してきたワイバーンに、ルピナスは剣を構えた。
それに続くように、魔術師たちを守るように他の騎士たちも抜刀すると、ワイバーンが耳を塞ぎたくなるほどの咆哮を上げたのだった。
「……っ、なんて大きな……っ」
咆哮だけで騎士たちが意識を失いバタリと倒れる中、ルピナスは咄嗟に耳を塞いだことで難を逃れたが、状況は最悪だった。
ワイバーンに意識を集中しながら、少し離れた位置にいる魔術師たちに向かってルピナスは叫ぶ。
「今直ぐに応援を呼んでください!! 前方での闘いには多少余裕があるはずです!!」
「分かりました……!!」
キースたちが闘う場所にも、おそらくワイバーンの咆哮はよく届いたはずだろう。
魔術師を向かわせたことからも、近いうちに応援が来てくれることは想像に容易かった。
ひたすら脳内を冷静にしながら、ルピナスはワイバーンに対峙し続ける。
(飛行されたら、ワイバーンを攻撃する術は私にはない。それに味方が倒れているし、テントには救護者がいる。彼らと魔術師たちを庇いながら戦うとなると、かなり状況は厳しい……。なら私ができることはこれしかない……!)
後方支援部隊には、補充のため、又は自身たちの身を護るために、様々な武器が用意されている。
その中でルピナスは、近くにあった小型のナイフを取り出すと、勢い良くそれをワイバーンへと投げた。
しかしそれは、キィン……と音を立てて、傷一つ付けることなくワイバーンの翼に叩き落された。
「そうよね。分かってるわよ、こんな攻撃効かないことは」
けれど、それで良いのだ。ルピナスは、ワイバーンの意識を自分自身に向けられたらそれで良かった。
「さあ! こっちに来なさい! 追いかけっこよ!!」
雄叫びを上げながら、鋭い眼光で睨み付けてくるワイバーンの翼が、ルピナスの声に反応し羽ばたいた。
(ワイバーンは自身に攻撃した敵を必ず狙う習性がある。なら、それを逆手に取るしかない……!)
前方はワイバーン、後方には仲間たち、左手には川が流れているため道が塞がれており、最善の道は右だと瞬時に導き出したルピナスは、全力疾走で駆け始める。
(私が逃げた方向は魔術師たちから前方の騎士に伝わるはず……! 少しでも、遠くへ……!)
ルピナスの見立てによれば、現れたワイバーンはまだ成体になりきれていない。
成体にならないと口から炎を出すことは出来なかったはずなので、風圧と咆哮を気を付ければ、あとは物理的な攻撃のみに意識を集中すれば良い。
(よし、ここまでくれば……!)
体力を増やすために走り込んでいたのが、ここで役に立った。
ルピナスは僅かに乱れた息を整えつつ、後方支援のテントがあるところからかなり離れると、再びワイバーンと向き直った。
「ワイバーン、討伐任務を無事完了するためにも、ここで私の相手をしてもらうからね」
ルピナスを狙うため低空飛行するワイバーンに、ルピナスはゆっくりと切っ先を向けた。