第六十一話 大切だからこそ、大切だからこそ
ルピナスの頼みは、キースには予想済みだったらしい。
「そう言うと思った」と呆れたように告げて、懇願するようなルピナスの瞳を見つめ返す。
「だめだ」
「っ、そ、そこをなんとか──」
「…………と、言いたいところだが」
キースはルピナスの頭に手を伸ばすと、艶々とした髪の毛を優しく掻き乱す。
眉尻をやや下げたキースの表情から、ルピナスは目を離せなかった。
「名誉騎士を賜るぐらい強者の君を、ここに置いておくのは惜しいと、正直俺も思っていた」
「ということは……!」
「ああ。騎士団長の名において、討伐の参加を許可する」
「ありがとうございます! ありがとうございますキース様……!」
相当な事案でなければ、騎士団長であるキースが是と言えばまかり通るのである。
ルピナスは国民の、そして騎士団の、何よりキースの役に立てることに喜んでいると、キースの手が次は柔らかな頬に触れた。
するりと触れる節ばった手に、ルピナスは身体はぴくんと小さく弾む。
「だがあまり前には出るな。基本的には後方にいることを約束してくれ」
「……! けれど、それでは私が行く意味があまりありません! キース様には敵いませんが、これでもまあまあ強いという自信が──」
「分かっている。……ルピナスが強いのは分かっているが、これは聞き分けろ」
「…………っ」
「団長命令だ」と言われれば、それを覆す言葉をルピナスは知らなかった。
とはいえ、このまま諦めきれないのは事実だ。折角の力なら、それを存分に発揮したい、人々の安全を守るために使いたいと思うルピナスの感情は、何もおかしなことではなかった。
(どうしたら……)
しかし、キースの手が自身の左肩──傷跡を撫でたときの表情を見て、ルピナスは何も言えなくなった。
前世で最期に見た、泣きじゃくった顔に少し似ていたから。
「もう俺は……ルピナスを危険な目に遭わせたくない」
「……っ、キース様……」
「この傷跡を……君は誇りだと言った。嬉しかったし、俺にとってもその傷跡は大切なものだ。……だが俺は……俺はもう嫌なんだ。……君が死ぬのはもう、嫌なんだ」
前回の大規模な魔物討伐任務のとき、数名の騎士と魔術師が死んだ。全ては、前線にいた者ばかりだった。
ルピナスもそのことは知っているし、だからこそ後方にいろとキースが言ったことも、理解は出来た。
おそらく、本当は討伐任務に参加さえさせたくないのだろう。
しかし、ルピナスの場合は近衛騎士との決闘に御前試合での優勝と、目立ち過ぎた。
そのため、国王から直々にルピナスも討伐に参加させてはどうかという話が出てもおかしくはなかったのだ。
その時にもし、ルピナスを前線に配置するようにとまで命を受けた場合、キースにはそれを拒否する力はない。
だからキースは、敢えてルピナスの参加を認めた。
大雑把な国王は、団員の配置までは見ないだろうというところまで考えてのことだった。
「ルピナスの強さは分かっているつもりだ。それに、平常時なら何かあっても俺が守ってやれるだろうが、この非常事態では正直、絶対に守れるとは言い切れない。……だから、後方で支援を頼む。出来るだけ安全なところへ居てくれ。……頼む」
「…………っ、は、い」
無意識なのだろう。左肩に触れるキースの手に、僅かに力が込められている。
もう二度と愛する人を失いたくないというキースの気持ちが痛いほどに伝わって来たルピナスは、キースの言葉を受け入れる他なかった。
(けれどキース様、私も、キース様が危険な目に遭うのは嫌なんですよ。……大切な貴方を御側で守りたかったんです)
──そう、ルピナスは思ったものの、口に出すことはなかった。
キースの縋るような声と表情に、胸が抉られるような思いがして、言葉が出なくなってしまったから。
◇◇◇
次の日になり、偵察部隊から詳細な情報が入ったことで、明日の早朝に討伐へ向かうことが決まった。
既に部隊の編成は決められ、ルピナスはキースに言われていた通り、後方部隊に編成されることとなった。
「ルピナス様、明日は気を付けてくださいね」
「大丈夫よラーニャ。私は後方支援だし、皆さん強いもの。コニーと一緒に、ここで待っていてね」
明日に討伐任務が行われることは、第一騎士団内はもちろんのこと、王宮内全体、並びにアスティライト王国の国全体に広まっている。
王宮内は厳戒態勢を敷いており、国民たちの一部は前回のことがあるからか、避難している者も多い。
「ルピナス様…………!!」
心配そうなラーニャに声を掛けていると、切羽詰まった高い声に呼ばれたルピナスは、くるりと振り向いた。
「アイリーン様……! どうしてここに!」
第一騎士団塔内、肩で息をして現れたアイリーンに、ルピナスがそう問いかけると。
「明日の討伐に参加されると風のうわさで聞きました……! 当日だとバタバタすると思い、今日伝えに参りました」
そうしてアイリーンは胸の前で両手を握りしめ、祈るように、こう囁いた。
「ご武運を……お祈りしております……っ」
「アイリーン様…………。はい、必ず。戻って来ますから、また沢山お話しましょう」
「っ、はい!」
アイリーンと別れてから、討伐の準備は多忙を極めた。
準備はあるに越したことはないということで、武器や防具、回復薬などは想定よりも多めに準備をしていると、窓の外がすっかり暗くなっていることに気がつく。
「あと十時間もすれば討伐に向かうのね……」
ふと、キースの泣きそうな表情を思い出し、ルピナスは拳に力が入る。
(もうあんな悲しい顔はさせない)
──明日の討伐任務では被害が最小限で済みますように。誰も死ぬことがありませんように。
そう願って、ルピナスは部屋に戻るとお風呂に入ってから、早々に眠りについたのだった。