第六十話 詰め寄られ、吐き出す?
熱を帯びたキースのグレーの瞳と低い声色に、ルピナスはゴクリと息を呑んだ。
「……っ、はい。今日はそれを、伝えに来ました」
「…………ああ」
もはや答えは出ているようなものだ。キスをされても良いだなんて、余程の痴女じゃなければその想いは一つだろう。
キースだって、間違いなくそのことは分かっているはずだった。
(けど、ちゃんと自分の口で言わなきゃだめだ……)
フィオリナの生まれ変わりであることがバレた日から、キースは一日も絶やすことなく好きだと気持ちを伝えてくれた。
恋愛的に人に好意を抱いたことがなかった頃のルピナスはそれがどれほど凄いことか分からなかったが、今なら分かる。
(自分の気持ちを伝えるのも、そのときの相手の反応を見るのも、想いが届く確証がないことも、全部怖かったはず……きっと毎日勇気を振り絞ってくれたんだ……)
そんなキースに、ルピナスは報いたかった。
──自分の口から好きだと、キースに伝えたいと思ったのだ。
「キース様、聞いてください」
「……うん」
「私……キース様のこと──」
──ガタン!!!!
「ちょっとキース!! 緊急事態よぉ……!!」
「「…………!」」
しかし、ルピナスの告白は突如現れたマーチスによって、キースの耳に届くことはなかった。
ギロリとマーチスを見つめるキースを横目に、ルピナスは咄嗟にキースから距離を取った。
告白を寸止めされた状態、かつ、いちゃついていたと勘違いされても致し方ない距離感にいる状態をマーチスに見られるのは、流石に居た堪れなかったから。
「おいマーチス、お前は今、今世紀最大の俺の至福のときを奪ったんだぞ。……覚悟は出来てるか」
照れるルピナスとは反対に、キースは青筋を立てて起立すると、マーチスを睨み付ける。
今直ぐにでも斬りかかりそうな、そんな雰囲気だった。
「ヒィィ!! 鬼ィィ!! けどこれには理由があるのよぉぉぉ!!」
「──理由?」
「そうよぉ! 緊急事態なのよぉ!!」
第一騎士団の中で美意識が一番高いマーチスは、いつも身嗜みをしっかり整えている。
そんな彼が、髪の毛を手櫛で直すこともなく、乱したままにしている様からして、緊急事態というのも大袈裟ではないらしい。
(一体何が……。そもそも、私が聞いて大丈夫な話なのかな)
余程焦っているのか、マーチスがルピナスに構わず口を開こうとする中で、キースは制するようにさっとマーチスの前に右手を差し出した。
「緊急事態なのは分かった。だが落ち着け。その話はルピナスが聞いて良いものなのか」
「え、ええ! 騎士団の人間には後で全員に報告することになると思うからぁ」
「なら良い。……で、何があった」
ごくん、とルピナスが息を呑んだとき、マーチスが大きく口を開いた。
「郊外の森で魔物が大量発生したのよ!! いくらこの国の魔術師の結界が優秀だって言っても、大量の魔物が一斉に結界に向かってきたら解けるのも時間の問題……。早く対処しないと、街にも大量の魔物が侵入する可能性があるわ!!」
「「………!」」
通常時ならば、魔術師たちが街に結界を施しているため、魔物は街に入って来られない。
結界の一部が綻びている、若しくは結界をすり抜けるような特殊な能力を持っている場合は、街に侵入してくることはあるが、基本的に単体なので、それほど被害が大きくなることはなかった。
そもそも、アスティライト王国で発生する魔物の数はそれほど多くなく、結界の質が高いことからも、近隣諸国と比べても、平常時の魔物の被害は非常に少なかったと言えるだろう。
しかし、そんなこの国でも、数十年に一度、魔物が大量発生することがある。
ルピナスは前世でも経験したことがなかったが、現在四十五歳以上の人間は、当時の魔物の大量発生を伴っての被害を忘れた者は居ないだろう。
キースは顎に手をやると、すっと目を細めた。
「偵察部隊からの詳細な報告は上がっているのか」
「詳細はまだよ。今、魔物の数や種類、強さや知能の高さ、群れで動くのかどうか、細かく見てくれているわ。おそらく明朝にはその報告が届くはずよ」
「……了解。それなら討伐任務の部隊の編成は明日以降だな。いくつか先に部隊のパターンは考えておく」
「ええ、お願い」
マーチスはそれだけ告げると、団員たちにも魔物が大量発生したこと、近いうちに大規模な討伐が行われることを連絡するため、足早に去って行く。
再び二人きりになった部屋で、先に口を開いたのはルピナスだった。
「キース様、今回の討伐はかなり大規模なものになりそうですね」
「ああ。第一騎士団総出になるだろうな」
前回の魔物の大量発生時、騎士団と魔術師団は奮闘したものの、すべての魔物を結界内で討伐することは叶わなかった。
そのため一部の魔物が結界をすり抜け街へ繰り出し、被害が出る結果となったのだ。
これはアスティライト王国の国民の殆どが知っている過去であり、もう二度と繰り返すまいと、鍛錬を積んでいるのが現状だ。
そしてそのときは、もうすぐそこまでやって来ている。
「おそらく五日以内には討伐へ向かうことになる。ルピナスとコニーは騎士見習いだから今回は留守番だな。俺たちがいない間、ここを頼むよ」
「………………」
騎士見習いは騎士になるための訓練の一環で、街の巡回警備を担当することはある。
しかし、討伐に関しては危険が伴い、それこそ足手纏いになる可能性も考慮し、騎士見習いの立場では参加できないことになっているのだ。
「……ルピナス?」
返事をせず、俯いて何やら長考しているルピナスに、キースは声を掛ける。
彼女の頭にそっと手を伸ばそうとすれば、ルピナスは考えが決まったのか、勢い良く顔を上げた。
「キース様! 無理を承知でお願い致します。此度の討伐任務、私にも参加させてくれませんか?」