第六話 愛馬の名前の意味は
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まさか前世での護衛対象だった八歳の少年──キースが、今度は直属の上司として対面することになるなんて、ルピナスは夢にも思わなかった。
ルピナスは堪らず、口から言葉が漏れる。
「あの、もう毎日辛い思いをして泣いたりは──」
「……どういう意味だ? ここ十数年泣いた覚えはないが」
「ああ、申し訳ありません……! 騎士には辛い別れもあるかと思い、泣くことも多いのかなと思いまして……! 深い意味はないので気にしないでください……!」
「……? 変な奴だな」
僅かに不穏な空気が流れたものの、とりあえず大事にならなかったのでルピナスは安堵する。
キースは昔、人よりも体が弱く、泣き虫だった。それが原因の一つで、母から冷たく当たられ、毎日悲しそうに涙を零していた。
とある事件の後、キースがどうなったのかを知らないルピナスは、心優しかったキースが未だに悲しんでいないか、辛い日々を送っていないのかを、どうしても気になったのだ。
(とりあえず、泣いてないなら良かった。それに……どうして騎士を目指したのかは分からないけれど、騎士団長にまでなられるなんて凄いです、キース様。……そういえば、騎士団に入ってるってことは、王位継承権は放棄したのかな)
騎士と護衛対象という関係だったが、約二年間もの間、おそらく誰よりもキースの傍に居たのだ。
当時二十歳だったルピナスは、当時八歳のキースのことを内心弟のように思っていたので、立派になった姿に感動を覚えるのは当然だった。
(って、待って!? ……つまり今、キース様は二十六歳ってことよね? 私は十八歳だから八つも歳上……)
立派な大人の男性になったことに、嬉しさと、ほんの少しだけ寂しさが募った。
ルピナスが内心でキースのことをあれこれと考えていると、キースは一旦部下たちに話してくるからと離れて行く。
既に怪我をした団員を病院へと連れて行った以外の団員たちは、王都の巡回警備班と魔物の後処理班、住民たちへの説明班に分かれるらしい。
指示し終わったキースはルピナスの元へ戻ると、これから騎士団本部に戻るつもりらしく、一緒に付いて来てくれ、とのことだった。
「分かりました。では王宮に向かうのですね」
「……良く騎士団の本部が王宮内にあることを知っているな」
「……ハッ! それも……事前に調べまして……」
「……。それなら良いが。とりあえず付いて来い」
「は、はい……!」
キースは一瞬怪訝そうな顔つきを見せたが、とりあえず納得したのか、何を考えているか分かりづらい涼しい表情へと戻る。
(昔は泣き虫だったけれど、もう少し感情表現が豊かだったのに……母親にあんな目に遭わされたんだもの。仕方がない……。けど、それならやっぱり私のことを隠しておいた方が、良いかな。フィオリナだと打ち明けたら懐かしんでくれるかもしれないけれど、辛い思い出も蘇るだろうし)
と、キースの過去に思いを馳せつつ、ルピナスは改めて自身がフィオリナの記憶を持って生まれ変わったことを隠そうと決意する。
気を引き締めなくてはと、ルピナスは拳をギュッと握り締めた。
「近くに馬を繋いである。まずはそこまで徒歩だ」
「はい」
王都と言われるだけあって、王宮は直ぐ近くにある。
とはいえ、王宮内の敷地だけでもだだっ広く、王宮を出て王都の各地を巡回するには、馬が必要らしい。
各自どのエリアを巡回するのかを事前に決め、近くに馬を繋いでから徒歩で巡回をするのである。
そう、キースに説明されたルピナスは、知らないふりをして「なるほど」と答えた。
(十八年やそこらじゃ、私が騎士だった頃とそう変わらないみたい。良かった)
今思えば、少し街並みは変わっている。変わったものと変わらないもの、どちらも存在するが、何にしても初めて見たという反応をしなければとルピナスが改めて決意すると、キースが足を止めた。
ルピナスは視界に捉えたそれに、身体がうずうずと震えだす。
「あれが俺の馬だ。俺以外には気性が荒いから、気を付けてくれ、って、おい……!」
「わ〜〜!! 可愛い! 凛々しくて可愛いなんて罪な子!!」
キースの言葉は右から左へ。ルピナスは駆け出した。
ルピナスは今世でも馬を見たことはあったが、記憶を思い出す前は、馬と深く関わることはなかった。
しかし騎士だった頃は、馬とは友達同然だったのだ。名前をつけ、毎日毛づくろいをし、食事を与え、共に訓練をしたのは記憶に新しい。
久しぶりの馬──鞍に騎士団の紋章が描かれている騎士団所有の馬に、ルピナスは興奮気味に近付いて目の前で立ち止まる。
「初めまして。私はルピナス。君は毛並みがつやつやだね〜御主人様に愛されてるんだね〜ふふ、本当に可愛いね〜。ちょっとだけ撫でさせてもらっても、大丈夫かな?」
「待て!」と制止するキースの言葉は、興奮気味のルピナスには届かず、ずいっと手を伸ばす。
優しい声がけを続けたまま、前世でしていたように馬が気持ち良いと感じる首あたりをゆっくりと撫でると、馬は気持ちが良いのかうっとりとした表情を見せた。
「良い子だね〜気持ち良いね〜、腰はどう? ふふ、こっちも気持ち良いか〜そうか~良かった」
「…………なっ」
ルピナスは満足したのか、馬に「ありがとう」と言うと、くるりと振り返って唖然としたキースを視界に収めると、キースはおもむろに口を開いた。
「『フィオ』は気性が荒くて、俺以外に撫でられると激しく怒っていた。それなのに」
「相性が良かったのでしょうか? 良かったです!」
前世でも、ルピナスは馬と気が合った。声がけが良いのか、触り方が心地良いのか、気難しい馬でも、ルピナスには懐いてくれたものだ。
「それと、フィオくんと言うのですね! 素敵なお名前です……!」
「あ、ああ、ありがとう。……愛する人から取った名だ」
二十六歳の貴族男性が愛する人、というのだから、その相手は恋人か妻だろう。
『フィオリナはもしも結婚するならどんな人がいい?』
『考えたことありませんが、うーん。とりあえず、自分より強い人でしょうか?』
前世ではそんなふうに話したこともあったなぁと、ルピナスは思い出す。騎士団で指折りの実力者だったフィオリナよりも強い人なんて、中々居ないというのに。
興味津々な様子で結婚に対して聞いてくるキースに、とりあえず答えなければと適当に答えたわけだが、もうそんなキースも恋人の一人や二人、どころか結婚していてもおかしくない年齢になったんだなぁ、とルピナスは感慨深い思いでいっぱいになった。
(……ん? フィオ……って、そんなわけないか)
◇◇◇
王宮の門をくぐると、フィオを馬小屋へ戻してから王宮の一角にある騎士塔へと足を運ぶ。
王宮内の一部とあって、広くて作りは豪華であり、十八年前と大きく変わっている様子はなかった。
しかし当時、騎士塔は全て騎士見習いが掃除をしなければならなかったので、この広さが憎らしかった。
(はあ〜相変わらず長い廊下。ここの掃除、いっっっつも誰がやるか喧嘩してたっけ。懐かしい……)
キースにはバレないよう、ふふ、と小さく笑みを零しながら、ルピナスはキースの斜め後ろを一定の間隔──約三歩の間隔を保ちつつ、付いていく。
するとキースは、突然ピタリと足を止め、身体を半分ほど捻って振り返った。
「……君は、既に誰かに騎士としての指導を受けているのか?」
「はい?」
「その距離の取り方は、要人を護衛するときのものだ」
「………!」
発言には気を付けなければと思っていたものの、体に染み付いたものまでは気が回らなかったルピナスは、咄嗟にへにゃりと笑って見せる。
「あ、あはは。そうなんですか!? 知りませんでした……! 偶然です偶然!」
「…………まあ、良いが。すぐに団長室があるから、とりあえずそこで詳しいことを話そう」
再び歩き始めたキースに、これからは行動にも気を付けなければと、ルピナスは胸に刻む。
──そして一時間後。言動以外にも、気を付けなければいけないことがあると知ることになる。
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