第五十九話 自覚したら早い
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アイリーンに背中を押され辿り着いた団長室の前で、ルピナスは深く息を吸うと、短くそれを吐き出した。
(……勢いで来てしまったけど)
懸念材料だった自身が生まれ変わった理由──何故転生魔法が使われたのかについては、疑問は解消した。
フィオリナを愛し、彼女にずっと縛られ続けていたセリオンを、ルピナスの言葉によって解放できたかは定かではないが、最後に『ルピナス』と呼んだセリオンの声は、なんだか憑き物が取れたような気がする。
──セリオンがこれから、フィオリナに縛られることなく幸せになれますように。
ルピナスはそう願わずにはいられなかった。
(キース様いるかな。早くこの思いを、伝えたい)
アイリーンとの蟠りも解け、キースへの思いも自覚済み。友に背中を押され、キースにこれ以上不安な思いをさせたくないルピナスは、そっと扉に手を伸ばした。
手が震えそうになるのを必死に抑えながら、トントンと扉をノックすると、「誰だ」と仕事モードのときのキースの声色が聞こえたので、ルピナスは無意識に背筋を正した。
「ルピナスです! 今お時間──」
「ルピナス!? 帰って来ていたのか!?」
「……!? きゃあっ」
突如開いた扉。勢い良く現れたキース。
その様は焦りと安堵が入り混じったような、そんな表情だった。
普段のキースではあまり見られないような動揺を前面に出した姿に、ルピナスは驚きを隠せない。
「……悪い。驚かせた」
「いえ……それは構わないのですが、どうしたのですか?」
「好きな女性が一日中、自分以外の男と行動を共にしていたんだ。帰りを待ち侘びていたから、ルピナスの声が聞こえた瞬間飛び出してしまった」
「……っ」
恥ずかしげもなく話すキースに、ルピナスの胸はきゅうっと音を立て、頭を抱えたくなった。
(だめだ……好きって自覚したら、こういう甘い雰囲気が恥ずかしくて恥ずかしくて堪らない……)
もちろん嫌ではないのだが、前世を含めて恋愛経験皆無のルピナスには、キースの真っ直ぐな言葉に対して、どう反応したら良いものか分からなかったのだ。
「とりあえず部屋に入れ。お茶を入れる」
「失礼します。後、今日はお茶は私が淹れますね。実は街に行ったときに、キース様と飲もうと思って珍しい茶葉を買ってきたんです」
そう言って、ルピナスは左手に持っていた手の平サイズの紙袋を、自身の赤くなった顔を隠すようにして見せる。
部屋に入って扉がバタンと閉まると同時に、「本当に?」と問いかけるキースの声が部屋に響いた。
「あの人との外出の最中に、俺のことを考えてくれたのか?」
「……っ、そ、そういうことに、なりますね……」
「……悪い、嬉しくて顔がニヤけてるから見ないでくれ」
「えっ」
見ないでと言われると見たくなるのが人の性というやつで、それが好きな相手の照れた顔なら尚の事だった。
ルピナスは自身の顔を隠している紙袋を少しずらすと、ちらりとキースの顔を見やる。すると。
「……引っかかった」
「!?」
紙袋の端から見えたキースの顔は、いつも通りのものだ。
否、むしろいつもより余裕があるような、悪戯が成功した子供のような楽しそうな笑顔を向けている。
そんなキースは、自分の意思によって僅かに顔を晒したルピナスの赤くなった顔を見やると、直後ずいと顔を近付けた。
「やっぱり照れた顔隠してたんだな。ルピナス可愛い」
「〜〜っ! 参りました! 参りましたから……! さ、さあ! お茶を入れますから座っていてください……!」
「俺の部屋なんだが」
何度も入っている団長室のことならばお手の物。ルピナスは慣れた手付きで紅茶を入れると、ソファへと腰を下ろした。
当たり前のように隣に腰掛け、肩が触れ合いそうな距離にいるキースに、片側の肩だけジン……と熱を持ったような気がした。
紅茶の香りと味を一通り楽しんだあと、キースは意を決したように問いかける。
「──それで、今日はどうだったんだ?」
「実は、ですね……」
キースに気を揉ませたくなかったルピナスで、セリオンとのデートであったことを詳細に語った。
今思えば、キースはセリオンに対して敵対心のようなものを持っていたので、好意に関しては分かっていたようだ。
ただ、それがフィオリナにだけ向けられ、ルピナスという人間のことを見ていないとは思ってもみなかったらしく、話を聞き終えたキースは複雑そうな面持ちを見せた。
「そうか。そんなことが……」
「フィオリナの呪縛を解くこと。私にできることはそれぐらい──いえ、私にしか出来ないのだと、思ったんです」
「……そうだな。それで良いと思う。……だが、俺も伯父上と同じようになっていても不思議じゃなかったんだと思うと、ルピナスがあのタイミングで記憶を思い出して、騎士団に入ったのは奇跡なのかもしれないな」
キースだって、始めはルピナスのことをフィオリナと似ていると思ったから、興味が湧いたところが大きかった。
しかし、共に騎士団塔で生活するうちに、人となりを知るうちに、ルピナスという人間にどんどん惹かれていったから、今があるのだ。
「俺から見ても伯父上は立派な方だ。幸せになってくれれば良いな」
「はい。本当に」
「……まあ、とはいえ、強敵が居なくなったというのは、俺にとって大いにありがたいことでもあるんだが」
その言葉を最後に、ギシ……とソファが軋む。
キースは身体をルピナスの方に向けると、彼女の動向を一つも見逃さないように、じぃっと顔を覗き込んだ。
ルピナスのダークブラウンの瞳の奥は羞恥によってゆらゆらと揺れ、きゅっと口を結ぶ。
「……で、転生魔法についての疑問は解消されたし、次は俺たちの話をしたいんだが。……この前馬車の中でキスされるのを嫌じゃないと言ったルピナスは、今……俺のことをどう思ってるんだ」