第五十六話 フィオリナとセリオン
セリオンは物心がついたころから、穏やかで、人当たりが良く、誰にでも公平に接することを意識していた。
派手好きで、元気に満ち溢れていて、ときには人に対して好き嫌いを強く出す兄──現在の国王とは正反対の性格だったのだ。
セリオン自身、別に我慢してその性格になったわけではなかったし、存外そういう自分が気に入っているのだが。
そんなセリオンは類稀なる魔力量と魔法センスを持ち合わせており、十五歳の若さで魔術師団長にまで上り詰めた。
地位も人気も実力も全て兼ね備えたセリオンに敵らしい敵もおらず、順風満帆な日々を送っていたと言っていいだろう。
そんなある日、セリオンは魔物討伐の任務でフィオリナと出会った。
数々の由緒正しき令嬢を見てきたセリオンは自他ともに認めるほど女性に対して目が肥えていたが、いつからか、フィオリナばかりを目で追うようになっていった。
屈託のない笑顔も、着飾ることに興味がないところも、大食いなところも。剣を握っているときのキラキラした瞳も、騎士としての誇りを誰よりも持っているところも。
何より、自身を犠牲にしてでも誰かを守ろうとする自己犠牲精神が強いところも、放っておけなくて、いつの日か彼女との将来を夢見るまで至ったのだ。
(フィオリナに、この想いを伝えたい……)
フィオリナが近衛騎士団に転属する数日前、セリオンは意を決してフィオリナを騎士団塔の庭にある大木の下へ呼び出した。
『や、やあ、フィオリナ』
『お疲れ様ですセリオン様! 今日はどうされたんですか? あっ! この前話してた武器屋の件ですか? なんと、質の良いロッドも売っているそうなので、オススメですよ〜!』
『いや、今日は君に伝えたいことがあるんだ』
いつもフィオリナが居るときに偶然を装って会いに行っていたので、呼び出すなんて初めてで緊張したけれど、普段と変わらない様子のフィオリナに、セリオンは安堵と、そして一縷のショックを受けた。
(もしかしてフィオリナは、一切私のことを意識していないんじゃ……)
フィオリナと近付くため、彼女のことをより深く知るため、友人という間柄を選んだのはセリオン自身だ。
何より、フィオリナが恋愛に対して無関心だということは関わるにつれ分かっていたので、露骨な態度をして引かれるのが怖かったというのも大いにあるのだが。
(告白をして駄目だったら……そのときは、どうすれば良い)
想い人であるフィオリナを呼び出したものの、セリオンは苦悩した。
フィオリナにとって特に仲の良い存在になれたことは確かだったけれど、おそらく恋愛対象としては見られていない今、告白が成功する可能性は高いとは思えなかったから。
騎士の仕事が恋人だと言い出しそうなほど仕事に夢中のフィオリナに、今伝えるのが果たして最善なのか、そう考えると、頭がぐるぐるした。
『伝えたいことですか? 何でしょう?』
『……ああ。驚くかもしれないんだが……』
それでもセリオンは、フィオリナに少しでもこの想いが伝わればと、意を決した。
『フィオリナ。君のことが好きだ。私の妻になってはくれないか?』
『え──』
目を見開いたフィオリナに、セリオンは想像通りだと驚くことはなかった。
けれど、意を決して伝えたものの、返答を待つ時間は嫌に長く感じて、恐ろしいとさえ感じた。
(早く……早く答えてくれフィオリナ。頼むから……『はい』と……)
今まで多くを望んだことはないセリオンだったが、フィオリナだけはと渇望した。どうしても、手に入れたいと思ったのだ。
『………………』
『………………』
──しかし、そのとき、互いに数秒無言を貫いていると、フィオリナの表情の機微にセリオンは気付いてしまったのだ。
(ああ、困らせてしまっている)
身分が違いすぎる上、友だと思っていた者からの求婚に、フィオリナは露骨に顔に出すことはなかったが、眉尻や口角、黒目の動き方が、困惑を物語っていた。
(どうしようか悩んでいるのか、それとも……)
どんな言葉なら、傷付けずに断ることが出来るのか。心優しいフィオリナならば、そんなふうに考えているのではないかと、セリオンは直感的にそう思ったのだ。
だからセリオンは、フィオリナよりも先に口を開いた。
『──なんて、冗談だよ』
『えっ!?』
『あはは、騙されたかい……?』
『驚きましたよ、もう〜!』と言いながら、安堵を浮かべたフィオリナに、セリオンも心底安堵した。
(良かった……あのまま何も言わなかったら、振られていたかもしれない)
そうしたら気不味くなって、友ですら居られなくなってしまうかもしれない。それだけは、どうしても嫌だった。
──だから、セリオンはフィオリナの返答から逃げたのだ。
もう二度と、想いを伝えることも、返答を知ることも出来なくなるなんて、夢にも思わずに。
そしてフィオリナが近衛騎士団に転属してから約二年後、そのときは訪れた。
(フィオリナ……嘘だろう……死んでしまったなんて……)
まさか自身の妹がフィオリナを殺すことになるだなんて、夢にも思っていなかったセリオンは、絶望の淵に立たされた。
互いに危険を伴う仕事をしているため、いつしか別れが来ることは分かり切っていたことだったが、その死はあまりにも早すぎたのだ。
『フィオリナぁ……! フィオリナ……!!』
亡骸に縋るようにして泣く少年──甥のキースを守ろうとしての死だったことは、直ぐ明らかになった。
なんてフィオリナらしい最期だろう。ふと、泣きじゃくるキースを見て、セリオンはそんなことを思うと同時に、自身の中で耐えきれないほどの悲しみと後悔が渦巻いていることに気が付いた。
(こんなことになるのならば……たとえ関係が変わっても、きちんと思いを伝えれば良かった……っ)
一般人ならば、そう後悔するに留まるのだが。
セリオンには、フィオリナの亡骸を引き取るだけの人格も関係性も。
転生魔法を使う魔力も、魔法のセンスも、痛みに耐え抜く覚悟もあった。だから。
(フィオリナ……君が生まれ変わったら、必ず会いに行くよ。絶対に君だと気付いてみせるよ。……だからどうか)
──もう一度だけ、聞いてほしいんだ。
臆病者で、冗談だなんて嘘をついて誤魔化した、本当の気持ちを。