第五十五話 二度目の告白
舞踏会の話題になったものの、セリオンの穏やかな表情が何も変わることはなかった。
「騒ぎを起こしてしまったこと、申し訳ありませんでした」
「いや、騒ぎの最中私はその場にいなかったが、フィオリナに落ち度はなかったと聞いているから気にしないでくれ。そんなことよりもフィオリナ、昼食後に行くところなんだが……」
そうしてセリオンは、舞踏会の話題に深く触れることはなく、話題を移したのだった。
(……やはり、セリオン様は…………)
そのとき、ルピナスの中の違和感は確信に変わる。
少しばかり複雑な心境を抱えながら、セリオンの話に相槌を打った。
気がつけば、だいぶ傾いた陽が影法師を細長く斜めに地に映していた。
ほんのりと赤みを帯びた空に、互いの顔もやや赤みを帯びたように見える頃、デートをお開きにしようと口にしたのはセリオンだった。
周りに人がいるので直接的な言葉は使えなかったものの、ルピナスは「あのことについては……」と不安げに声を漏らした。
「ここから王宮までは馬車で一時間はかかる。そこで話そうか」
「はい。分かりました」
ルピナスとセリオンが二人きりになる機会はそれほど多くない。
乗り心地の良い王家の馬車に揺られながら、ルピナスは向かい合わせに座るセリオンを見て、ごくりと固唾を呑んだ。
(今から……何故、転生魔法を使ったのかを聞けるのね……)
友人だったとはいえ、耐え難いほどの苦痛を伴う転生魔法を使うには、きっと何か深い理由があるはずなのだ。
ルピナスには思いつかないような、何か深い事情があったのか、もしくは魔術師にしか分からない何か複雑な事情があったのか。
どちらにせよ、このときのルピナスは、後にセリオンの話を聞いて、痛々しいくらいに胸を締め付けられるほどに切ない感情が溢れ出すなんて、思いもよらなかった。
「教えてください。セリオン様。どうして転生魔法を使って、私を生まれ変わらせたのか」
馬車に乗って数分後、意を決してそう問いかけたルピナスが、セリオンのアイスブルーの瞳をじぃっと見つめる。
セリオンの膝の上にある指先が、僅かに震えていることに、ルピナスは気付かなかった。
「簡単なことだよ。フィオリナの記憶を持った──いや、フィオリナの魂を引き継いだと言ったほうが良いのかな。……そんな君と、どうしてももう一度会いたかったから」
「…………会うだけ、ですか?」
「……いや、流石にそれだけじゃないさ」
ゆっくりと頭を振ったセリオンは、再びルピナスを見つめ返す。
何故かそのとき、ルピナスの頭の中には好きだと囁くキースの表情が脳裏に浮かび、息を呑んだとき、セリオンがおもむろに口を開いた。
「君を愛しているからだよ、フィオリナ」
「──え……」
「私の妻になって欲しいと、本気で思っている」
「だ、だって、……えっ? ……そんな、はず……」
「以前言っただろう? ──もう冗談だなんて、言うつもりはない、って」
しん……と静まり返った馬車の中で、ルピナスは自身の心臓の音の大きさに余計に困惑した。
(待って……だって、前世では……冗談だって……)
けれど、それを口にできなかったのは、セリオンの表情がキースと被ったからだった。
そんなこと言って〜なんて、軽々しく口にできないくらいに、その告白は重たくて、真剣そのもので、ルピナスは動揺を孕んだ瞳でセリオンを見つめると、彼は切なそうに片側だけ口角を上げて笑ってみせた。
「ようやくだ。……ようやく、言えた」
「…………っ」
胸につっかえたものを吐き出すように、そう言ったセリオンの瞳の奥が揺らいで見える。
ルピナスは困惑の最中にいるためか、気の利いた言葉が何ひとつ出てこなくて、代わりに今までのセリオンの言動を思い返した。
『……フィオリナ……十八年、十八年ずっと待ったんだ。……もう少しだけこうさせておくれ』
フィオリナの生まれ変わりであることを指摘され、強く抱き締められたことも。
『私が転生魔法を使って、フィオリナを生まれ変わらせたんだ。自然な輪廻転生を待っていたんじゃあ、私が生きている間にフィオリナが生まれ変わる保証はなかったし、前世の記憶も引き継ぐこともないだろうしね』
耐え難いほどの苦痛と引き換えに、転生魔法を使ったことも。
『デートをしてほしいんだ。もちろん、二人きりで』
転生魔法を何故使ったかを明かすことを条件に、デートに誘ったことも。
『──以前、フィオリナが一度演劇を見てみたいと言っていたから、一番人気の演目を選んだんだ』
『君が、たまには貴族が食べるような食事をしてみたいと言っていたから、この店を選んだんだ』
自身でさえ忘れそうになるような些細なことでも、しっかりと記憶していたことも。
──全部、全部。
フィオリナのことをずっと、愛してくれていたからだったなんて、ルピナスは今このときまで夢にも思わなかったのだ。
「困惑するのは分かっている。けれどどうか、この気持ちを受け止めてほしい」
「……っ、セリオン、様……」
けれど、改めて思い返すと、全て合点がいったのも事実だった。
前世でセリオンは、誰にでも優しかったけれど、今思えば、確かにフィオリナには特別優しかったから。
(私、最低だ……何で気付かなかったんだろう……っ)
セリオンの行動には、好意が溢れ出ていた。
多忙なセリオンが、そう何度も何度もフィオリナに会いに来る時点で、察しても良かっただろうに。
(ああ、そうか。私は一度目の求婚で冗談だって言われたから、その可能性は完全に消去してたのね)
セリオンは誰にでも愛を囁くような人間じゃない。そんなセリオンが冗談だと付け加えて求婚してくるような間柄──気心が知れた友人になれたのだとばかり思っていたのだ。
けれどもう、そんなふうにルピナスには思えなかった。
目の前のセリオンは、もう天と地がびっくり返ったとしても冗談だなんて言わないだろう。恋愛経験のないルピナスでも、それぐらいは理解できた。
「良ければ返事を聞かせてくれないか。私はフィオリナしか愛するつもりはない。フィオリナじゃないと、だめなんだ」
「…………セリオン様……」
正直なところ、そこまで想われることは嬉しいというのが本音だった。
セリオンが今まで独身を貫いてきたのも、およそフィオリナを想ってのことだったのだろう。
──けれど、ルピナスは頷けなかった。少し待ってください、と保留にすることも出来なかった。
ルピナスは、セリオンがずっと苦しんでいることに、いや、このままだとこれからも苦しみ続けるだろうということに、気付いてしまったから。
「セリオン様は、ずっと私に縛られてきたのですね」