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第五十四話 違和感の正体

 

「やあ、今日も美しいね」と、おそらく、しばしば口にしてきたであろうお世辞に礼を言ったルピナスは、セリオンが手配してくれた馬車へと乗り込んだ。 


 向かい合って、足を組んで優雅に座るセリオンは、もう三十八歳だとは思えないほどに美しい。


(私より断然セリオン様のほうが美しい……いや、比べるのもおこがましいけど)


 小さく「ははは……」と乾いた笑みを零すと、にこやかな笑みを向けたセリオンが口を開いた。


「今日は良い天気で良かった。フィオリナとのデートが楽しみすぎて、舞踏会の日から毎日晴れるように願っていたんだが、その効果があったのかもしれないね」

「えっ、そ、そうですね?」


(なんて拙い返答を……私の馬鹿!)


 キースとはまた違って、歯の浮くような台詞を言ってくるセリオンだったが、現在は微妙な関係性なだけに反応がしづらかった。


「というか、セリオン様。フィオリナ呼びはちょっと……」


 今は馬車に二人きりの為問題ないが、セリオンは以前から頻繁にルピナスのことをフィオリナと呼ぶこともあって、ルピナスは言いづらそうに伝えた。


「二人のときだけだから大丈夫だよ」と、セリオンが穏やかに笑うので、ルピナスも呼び方に関しては何も言うことはなく、今日の予定について確認することにしたのだった。


「今日は、今から演劇を鑑賞して、遅めの昼食を摂るつもりだよ。店も予約してあるから安心して良い」

「何から何までありがとうございます」

「当然さ。フィオリナに喜んでほしくてしたことだから、全く苦ではなかったしね」

「あ、あははは……」


 セリオンの優しさに頭が下がる一方で、ルピナスはどうしても脳内に過るキース、アイリーン、転生魔法のことを端に追いやる。


 ──この際、友人……? であるセリオンとの外出を普通に楽しむか、と割り切れたのは劇場に着いた頃だった。



「さあ、手をどうぞ」

「ありがとうございます」


 前世では気恥ずかしかったエスコートも、今世ではそれ程抵抗はない。


 案内人が通してくれた席に腰を下ろせば、皆が演劇はまだかまだかと待っているようだった。


「セリオン様、今更なのですが、演目は一体……?」

「ああ、言っていなかったね。最近人気の『契り』という演目さ」

「それって、あの指切りのですか?」

「詳しいね。もしかして見たことが?」


 キースから指切りのこと、そして演目の名前を聞いていたルピナスがそれを伝えると、セリオンの表情は一瞬だけ曇るが、「そうか」とだけ言うと、直ぐ様にこやかなものへと戻っていく。


 周りの人がいることもあって、その変化の機微を敢えて指摘せずにいると、セリオンの顔が近付いてきたことで、ルピナスは無意識に身構えた。


 セリオンはルピナスの耳元で、そっと囁く。


「──以前、フィオリナが一度演劇を見てみたいと言っていたから、一番人気の演目を選んだんだ」

「えっ」


 セリオンが言う以前とは、十八年以上前──ルピナスがまだフィオリナとして生きていた頃のことに違いなかった。


 確かに、前世でポロッとそんなことを言ったかもしれないと思い当たる節があったものの、そんな細かいところを覚えているセリオンに、ルピナスは感嘆の声が漏れた。



 そうこうしていると、舞台の緞帳(どんちょう)が上がる。


 隣にいるセリオンではなく、数日前にキースと指切りしたときのことを思い出しながら、ルピナスは演劇に夢中になった。



 演劇が終わると、セリオンが予約してくれていた完全個室のレストランで昼食を摂ることになった。


 王室御用達なのか、給仕の顔つきに緊張の色は見えず、ルピナスは初めに運ばれてきた前菜に感嘆の声を漏らした。


「わあっ、何て素敵な……」

「君が、たまには貴族が食べるような食事をしてみたいと言っていたから、この店を選んだんだ。味やサービスは保障するよ。給仕のとき以外は下がってもらうから、話の内容も気にしなくて済むのも良いだろう?」

「あ、ありがとうございます」


(フィオリナだったときに、多分一度か二度しか言ったことないのに、覚えてくださっているなんて……流石セリオン様)


 色とりどりの野菜に、食用の花が色味を添えている前菜は、ソースからはフルーティーな香りがして、鼻孔を刺激する。


 貴族令嬢とはいえ、ずっと使用人と同じような食事しか摂ってこず、豪華な食事は以前の舞踏会以来のルピナスは、空腹ということもあって口内にじゅわりと涎が湧いたのだった。


「さあ、食べてみて」

「はい。では、遠慮なく」

「ああ、そういえば、フィオリナ。マナーに関しては気にせず、自由に食べれば良いからね」

「えっ?」


 まるでマナーを習っていない平民に気遣うように言うその言葉に、ルピナスは一瞬深読みした。

 しかし、その言葉はセリオンが本心から平民育ちの()()()()()に言っているのだと理解できたので、小さく頭を下げる。


「お気遣いありがとうございます。しかし、私はこれでも子爵家の令嬢ですので、ご心配には及ばないかと」

「ああ、そう、だったね。済まない、失礼なことを言った」

「いえ、とんでもございません」


 一瞬驚いたような表情のセリオンに、再び違和感を持ったルピナスだったが、まあ良いかと深く考えることなく食事を進めていく。


 緊張はあったものの、美味しい料理に幸福感を抱いたことと、時がゆっくり流れるようなセリオンの話し方に、少しずつルピナスの懸念は溶けていった。


 そして、そんな中、セリオンとルピナスは沢山のことを話した。


「フィオリナはトマトが苦手だったよね」「昼食後は昔行きたいと言っていた武器屋に行こうか」「そういえば覚えているかい? 共に魔物の討伐へ行ったときのこと」など、率先して話題を作ってくれるセリオンに、ルピナスは楽しそうに返答していく。


「……そうそう、頼めば追加の料理を持ってきてもらえるよ。どれが良い?」


 最後のデザートが来る前、そう提案してくるセリオンに、ルピナスは申し訳無さそうに眉尻を下げた。


「いえ、全て美味しかったのですが、もうお腹が一杯で……」

「……フィオリナ、遠慮しなくても構わないんだよ?」


 こてん、と小首を傾げるセリオンは、成熟した格好良さの中に可愛さも含まれていて、それはそれは彼を慕う令嬢たちには堪らないのだろう。


 しかし、ルピナスにはそんな感情よりも、どう言えばセリオンの気分を害することなく、この気遣いを断れるかを考えることで精一杯だった。  


「フィオリナのときはかなりの大食いだったのですが、今はそれほどではないので、本当に食べられないのです。お気遣いありがとうございます」


(フィオリナの記憶は思い出しても、食欲は全く違うのよね)


 おそらくセリオンの気遣いは細微にまで渡るので、念のため聞いてくれてのだろう。


 そう考えたルピナスだったが、そのとき、ふと、()()()()()に違和感を持った。


(そういえば、今日のセリオン様ってずっと……。いや、けど、別に何も悪いことではないわけだし)


 そう自問自答したルピナスだったが、違和感で一杯になった頭では、セリオンの会話があまり耳に入ってこない。

 それでは失礼だからと、ルピナスはとある話題を口にすることにした。


「セリオン様、話が変わるのですが、一つ良いですか?」

「ああ、もちろん」

「先日の王家主催の舞踏会の件で、お話がありまして」

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